43)ボーリング
最後の番だった小春は初心者らしく、ボールを片手で投げるのも必死でフラフラしながら漸く転がしたと思ったら、瞬間ガターに落とした。
それも非常にゆっくりと転がって行く。二投目は辛うじてガターに落ちなかったものの非常にゆっくりと転がって漸く右端の一本だけのピンを倒した。まさしくこれぞ、初心者という見本の様な姿だった。
「見た!? 2回目! 溝に落ちなかったよ!」
「……ああ、小春……凄かったね……色んな意味で……でも小春らしくてあたしは嬉しいよ……」
「カドちゃんの後の石川さんの姿で、何だかほっとしたよ。これが普通なんだって」
「むぅ、何か褒められてない……」
小春は晴菜やカナメの冷やかしに唇を尖らせていると玲人が真顔で心配そうにこっちを見ている為、声を掛けてみた。
「……どうかした? 玲人君」
「いや、小春」
「何かな?」
「その、目を開けて投げてるか?」
「玲人君! 一番失礼すぎるよー!」
2フレーム目はカナメがスペアを取れず失敗して9本倒した。晴菜はスペアを取って、玲人の番になった。玲人は、1フレーム目と寸分違わぬ投球を行い何のブレも無くストライクを出し、ダブルとなった。
小春達が褒め称えるが玲人自身は難しい事は何もしていないので、称賛を受ける理由が分らず、取敢えず礼だけ言った。
2フレーム目の小春も全くぶれずに瞬間ガターを叩きだし、2投目も同じ結果に沈んだ。一本倒せず落ち込んでいる小春を玲人が嫌味では無く本気で“もしかして指骨折してないか?”と心配し、小春に怒られていた。
その後のフレームも玲人は全く同じ所作でストライクを出し続け、6連続ストライクでシックススとなっていた。次の投球は玲人でストライクを7連続で出せばセブンスとなり滅多に見れる結果では無いが玲人として何の気負いも無かった。
一方の小春達は、晴菜やカナメは経験者だけあってスペアやストライクを定期的に出し其れなりのスコアだったが、小春はガターが中心で調子良ければ1~3本ピンを倒して終わりの結果だった。
余りの惨状に同じ初心者で有る筈の玲人から指導を受けたりしたが一向に改善せず、玲人から“やっぱり目を瞑って投げてるだろう”と疑われたりして小春を怒らせたりした。
この頃になると小春達のレーンにギャラリーが集まりだした。玲人としては同じ事を繰り返しているだけで周囲の注目を集める理由が本当に分からなかった。
止まっているピンの同じ位置に球を転がして命中さすなど玲人からすれば簡単すぎて能力を使うまでも無いが、玲人が意識した瞬間に僅かに作用している可能性はあった。
(……流石に拙いか……)
玲人は任務以外では能力の発動は禁止だという安中大佐の言葉より、これ以上衆目を集める事は拙いと考えていた。
(次の投球からはワザと失敗しよう……)
そう決意して、軽くため息をついて投球した。非常に綺麗なフォームで投球したが、ボールを投げ終わる瞬間ほんの少し手の平の角度を変え、あえてボールの軌道を僅かに変えた。
投球されたボールは勢いが有ったものの、曲がらずに完全なストレートボールになって両端のピンが倒れず残った。2投目は左側のピンだけ倒して、敢えてスペアを取らない様に気を付けて投球した。
周囲のギャラリーは“あぁ惜しい!”とか“何処まで行くか見たかった!”とか呟いていた。玲人としてはこれ以上注目を受ける訳にいかないので残されたフレームでは余りストライクを出さないでおこうと決めた。
その後のフレームでも玲人は散発的にスペアを取るだけに留め、後はワザと外したりして力を抜いてプレイした。それでもスコアは前半のシックススにより4人の中でダントツに抜きん出ていた。
「何よ! 凄いじゃない、大御門君! 初心者なんて絶対嘘でしょう?」
ボウラーズベンチに座っていた晴菜は興奮して横に居るカナメに問いかける。晴菜は友人や家族と良くボーリングに行くが6連続のストライク(シックスス)は見た事も聞いたことも無かったからだ。
「いや、晴菜ちゃん。カドちゃんは今日が人生で初めてのボーリングだよ」
「そんな訳無いでしょ!? 6連続ストライクよ……こんなの見た事無いわ! いくら大御門君の筋がいいとしても、初めてでこの結果は無理よ!」
「……カドちゃんだから出来るんだよ。例え初めてやったボーリングでもそれ位の事は。カドちゃんは本当に凄いんだ。本物のヒーローだからね」
「カナメ……ちょっとアンタ褒め過ぎじゃない?」
「いいや、晴菜ちゃん。僕はずっと昔からカドちゃんを見てきた。勉強もスポーツも本当はもっと出来るんだ。さっき言ってたストライクの話だけどカドちゃんさえ、その気ならもっといくよ。……周りが騒がしいから仕方なしに遠慮したんだ」
「……あー分ったよカナメ、アンタの相方は超凄い。それでいい?」
「うん! それでいいよ、晴菜ちゃん」
やや諦め顔で苦笑する晴菜に対しニッコリと笑顔を返すカナメを見て、小春はカナメが言っている事は事実だと思っていた。カナメと玲人と小さい頃から家族ぐるみで付き合いがあり、きっと玲人の秘密も知っているのだろうと小春は確信していた。
小春は自分の横に座っている玲人を見ると会話に参加せず、ボーっとしている。その姿はいつも通りだが、心なしか少し寂しそうに見える。小春はその様子に見覚えがあった。
いつか見た玲人の空手試合の時の事だ。あの時も綺麗に動きで相手を圧倒していたが、当の玲人も退屈そうな、そんな様子だった。
「さぁ! もう一回やるわよ!」
そう言って晴菜は元気よく立ち上がり張り切っている。そんな様子を見た玲人は誰にも気付かれない様に溜息をつきながら考えていた。
(また、適当に“演技”する必要があるな……まぁ彼らが喜べばそれでいいか……しかし、この競技の醍醐味が俺には分からない。それに反してこのフロワに居る人達は皆、楽しそうだ……やはり俺が皆と違うのは……人ならざる存在だからか……俺自身も仁那が考える様に、この世界に生きる場所が無いのかもな……)
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