32)模擬戦-5
『アー、聞こえるか、前原兵長』
通話は再開されたが志穂に代わって坂井梨沙少尉になっていた。
「はい、少尉。通信状態は良好です」
『……そうか。君にとっては残念なお知らせだ。志穂が飛ばした“トンボ”が全機とも、カメラ部にペイント弾による攻撃を受け、稼働不能になった。可視光カメラだけではなく赤外線カメラもやられたよ。これじゃ監視も攻撃も出来ない。幸いGPSは問題ないから何とか帰らす事は出来るだろうが……まぁそう言う事なので“トンボ”によるバックアップは諦めてくれ……』
「ちょっと待って下さい! 別な無人機をバックアップに飛ばして下さいよ!」
前原の叫びに坂井に代わり安中が答えた。
『前原兵長、安中だ。代わりの無人航空機をそちらに回す事は出来ない。模擬戦で用意していた無人航空機は全部で5機だが、その全機とも大御門准尉に無力化された。しかも出来るだけ壊さない様にな……どういう意味か分かるか』
「……手加減されている? って事ですか」
『そうだ。泉上等兵が操縦するエクソスケルトンも同じ様に手加減されたようだ……前原、認識を変えろ、彼は“本物”だ。垣内技官が操縦していた無人航空機は高度800mでペイント弾による精密攻撃を受けた。しかもカメラは水平位置を向いていたにも関わらずだ。彼は自ら投擲(とうてき)した弾を自動追尾させ、必ず必中させられる。彼に認識させられたら“終わり”だ』
「……何か策はありますか」
『活路になるかは分らんが、私は彼との付き合いが長い。彼がどう戦ってきたかは知ってるつもりだ。それを各位に伝えるから参考にしてくれ』
「了解」
『坂井少尉、また各位に連絡だ』
そうして安中は3人に玲人に対する戦略を伝える。
『彼と相対した時は出来るだけ広い場所に移動する事。建物の傍など一番危険だ。彼がその気なら、廃ビルすら柱を破壊して大質量兵器にするだろう。彼に投擲されるモノが無く、建物等が傍に無い場所に待ちかまえろ。彼が装着しているスーツは迷彩機能があり周囲の風景に同化するため、視認は困難だ。
赤外線による熱感知で居場所を特定しろ。彼には実弾でもペイント弾でも大差ない。障壁で弾くか、弾道を止めるからだ。だが、どちらでも弾幕を張れば少しは時間を稼げるだろう。
3人同時攻撃すれば可能性は有るかも知れん。但し反射される可能性があるので、弾幕を張ったらすぐに移動しろ。まぁ視認された時点で投擲された弾は必中するから難しいと思うが。接近戦も彼は熟練しており、軍式格闘術等の近接格闘術も精通している。不用意に近づくな』
「……大佐。恐れながらあまり有効策が見当たらないのですが」
『……まぁ頑張ってくれ』
安中の戦略を聞いた、前原は苦笑しながら愚痴を言ってしまう。対抗策が何も浮かばなかったからだ。ここで伊藤が安中に質問する。
『大佐殿。准尉の能力には俗に言う弾切れの様なモノは無いんですか』
『私が14年程見てきた中では一度も無いな。使った後のタイムラグも無いし、疲労も時間制限も見られない。それに使えば使うほど、彼の能力は強力になっている』
『……なるほど困りましたね』
最後に志穂が安中にずっと気になっていた事を聞いてみる。
『たいさー玲ちゃんについて質問が……』
『模擬戦に関係ある事なら聞くが』
『玲ちゃんは変身出来る? 竜とか呼べる?』
『出来ないし、模擬戦に関係ないなそれ』
『残念……』
(結局、対抗策らしいものは得られなかったな……それ程、玲人君は異常か。でも赤外線カメラの熱感知は有り難かった)
前原は安中の対抗策を思い返し、そう評価した。前原は安中の戦略通り、広いストリートにて玲人の参戦を待っていた。既にこの場所には志穂の操作する“犬”が待ち構えており、同時に伊藤が遠く離れた廃ビルの屋上で射撃体勢に入っており、3人で同時攻撃を行い玲人を倒す考えだった。
割に広い道路で前原は玲人を待ち構える。安中のアドバイス通り見渡しは良く、周囲には廃車等も置かれていない場所を選んだ。迷彩機能を使われると、伊藤の援護射撃は期待できない。志穂の“犬”で援護を期待するしかなかった。
(どこから来る?横からかそれとも、真正面からか?……)
周囲の警戒を行う前原。其処に伊藤が緊急でコールしてきた。
『上だ!! 何か落下して来るぞ!』
言われた前原は上を見上げると、其処には廃ビルの看板や錆びついた机、ボロボロになった椅子などが落下してくる所だった。
「……おいおいおいマジかよ……」
重機関銃で撃ち落とす時間はなく、前方の方が落下物が多そうだ、そう判断した前原は後方に高速移動して多量の落下物との衝突を避けた。
無事にやり過ごせたと思ったが……こつんという音がして、エクソスケルトンの背面装甲に何かぶつかった。振り返ると其処には、大量のコンクリート片や割れたブロック等の瓦礫が浮かんでいた。
「誘い込まれたか!」
そう叫んで前原は重機関銃で弾幕を張り瓦礫類を粉砕する。
“ダダダダダダ!!”
ペイント弾など使っている場合ではない、相手は実弾より遥かに強力な質量弾だ。前原はとにかく必死だった。粗方瓦礫を粉砕し、ふぅとため息を付いた途端の事だった。
ガシッ
右腕が何かに掴まれ、動かそうとしても動かない、凄い力だ。右腕に視界を移すと、何やら透明のぼやけた靄(もや)の様なモノが見える。これは迷彩機能による特徴だ。前原は赤外線カメラで熱感知すると玲人が右腕を片手で掴んでいる様子が伺えた。
エクソスケルトンは自動車の突進すら難なく押し返して圧潰するパワーがある。それを片腕とはいえ万力に挟まれた様に動かない。
埒が明かないと、前原が左腕で玲人を拘束しようとした時、突然エクソスケルトンが浮き上がった感覚が有り、次の瞬間には地面に投げ飛ばされた。玲人による一本背負いによるものだった。
軍用であるエクソスケルトンは外部からの攻撃を防護し搭乗者にダメージを与えない構造になっているが、それでも投げ飛ばされた衝撃は凄まじかった。
しかし実際は投げ飛ばされた際、地面に接触前に玲人はエクソスケルトンを一瞬“軽く浮かして”衝撃を緩和していたのだが。
それでも搭乗していた前原は体が大きく揺さぶられ激しい痛みを感じた。
「ぐぅ!……なんだ! 何が起こった!?」
『一本背負いだ。志穂の“犬”による赤外線カメラで玲人が君のエクソスケルトンを投げ飛ばす様子が見られた』
前原の叫びに指揮通信車の坂井少尉が状況を伝える。
「ウソだろ!? エクソスケルトンは総重量4tはある。人間の力じゃどうしようもない筈だ!」
『認識を改めろ、って大佐に言われただろう。よく分からんが玲人はその能力で自身の身体能力を大幅に強化出来るらしい』
「……なんだよソレ……エクソスケルトンいらねーだろう……」
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