31)模擬戦-4

 対する沙希は玲人に対する認識が全く間違っていた事と、安中が言っていた事が正しかったと身を持って確信させられた。


 「冗談じゃないよ……全く、冗談じゃないよ! 舐めてたのは私達の方って事!? エクソスケルトンが全く意味無いなんて……しかも明らかに手加減している……」


 沙希は、攻撃を止めて大型バイクと軽自動車を地面に降ろした玲人を悔しそうに見た。


 「……呑まれたら、ダメだ。諦めたらダメ……まだ、終わってない!」



 “ダダダダダ!!”



 沙希は右腕に装備された軽機関銃を玲人に向け発砲した。1分間に800発の発射速度を持つそれを数十秒玲人に発砲した。ペイント弾でも危険な距離と弾数だったが……


 数百発程度のペイント弾は玲人に命中せず空中に浮かんだままだ。


 「……何よあれ……確かに……これじゃ実弾なんか意味ないね」


 その様子を見た沙希は自嘲気味に呟いた。


 『返します』


 そう玲人が呟いた瞬間、浮かんだペイント弾は全て一列に真っ直ぐ並んでから、右腕の関節に向けて一点集中で全弾命中させた。



 “ガガガガガガガガ!!”



 例えペイント弾とはいえ、数百発を一点にぶつけられた衝撃で右腕の関節は完全に破壊されてしまい曲げる事が出来なくなった。


 左腕は電信柱の一撃で破損し、右腕は自分が発射したペイント弾の一斉反撃で関節がやられ作動不良を起こしていた。


 沙希は玲人の様子を見る。玲人の表情はヘルメットで伺えないが気だるげに立っているだけのように見える。しかし全く隙が無い事が沙希にも流石に分かった。


 (……彼はエクソスケルトンを圧倒できる攻撃力を持ちながら全く油断していない! とんでもない……とんでもない子だよ……でも!)


 沙希はエクソスケルトンを猛スピードで前進させた。同時に作動不良を起こしている両腕を前に突き出した。


 (……彼に距離をあけるのは拙い。接近戦で肉薄し腕で抱き抱えて拘束する!)


 沙希は自分の不利を認めて、それでも諦めず行動を開始した。


 対する玲人は浮かしていた電信柱を横に投げ捨てて、背中から何かを取り出し左右の手に各々構えた。それは刃渡り40cm位のマチェット(山刀)だった。


 「……そんなモノで、どうする気かな! ナイフなんかじゃエクソスケルトンの装甲はどうしようもないよ!」


 沙希は玲人が電信柱を放り投げた事で完全に舐められたと思って激高した。しかしそれは間違いだった。


 エクソスケルトンの両腕が玲人にまさに近づかんとした時、玲人は空に舞い上がり、エクソスケルトンの両腕の上にトンっと乗った。


 そして、そのまま飛び上がりエクソスケルトンの後方に宙返りし、着地した。その際、飛び上がって着地するまでの刹那にエクソスケルトン両肩の動力ケーブルと両足ひざ裏の動力ケーブルを難なく切断した。



 “キキン!!”



 玲人のマチェットは玲人の能力で強化され、ニードルと同じ要領で玲人が切ると意識したマチェットは常識外の切断能力を有した。


 従ってエクソスケルトンの動力ケーブルが例え頑強な金属のフレキホースに保護されていても切断する事は容易かった。


 今度こそ沙希のエクソスケルトンは四肢の動力ケーブルを切断され完全に動けなくなった。そしてエクソスケルトンは後ろ向きに倒れ立ち上る事は出来なくなった。


 『自分の勝ち、でいいですか?』


 玲人が沙希に静かに語りかける。


 「完敗よ。悔しくないかって聞かれたら正直悔しいけど、玲人君には何しても勝てない気がしたわ……さっきのも全然本気じゃないんでしょ」

 『えぇ、その通りです』

 「……清々しい位正直に言ったわね。後で覚えときなさいよ」


 沙希はエクソスケルトンのコックピットで笑いながら玲人に文句を言うのであった。


 「沙希! 沙希! 応答してくれ!」


 沙希の音声が急に途絶えた事で慌てた前原浩太兵長は沙希が居たポイントまで向かう。


 『……大丈夫よ、浩太。聞こえてるわ』

 「良かった! 沙希。何があった?」

 『玲人君よ。待ち伏せされたのは私で、あっという間に負けちゃったわ』

 「そんなバカな!? エクソスケルトンが歩兵に負けるなんて!」


 『……そんな一般常識は玲人君には通じないわ。ねぇ浩太』

 「どうした沙希」

 『認めるよ、舐めてたのは私達の方。大佐の言う通りだった。この模擬戦、私達に勝ち目は無いよ。彼は本当にとんでもないわ……』

 「いつになく、弱気だな。間もなく到着する。そこで話を聞こう」

 

 前原が沙希が居る接敵ポイントに向かうと廃都市の大通りの脇に沙希のエクソスケルトンがきちんと座らされて置かれていた。


 「沙希!」

 『……大丈夫よ、そんなに心配しないで。でもありがとう』

 「……状況は? ……しかし酷いな……両腕に損傷……足もやられたのか?」

 『ええ。しかもだいぶ手加減されてコレね』

 「何があった?」


 『このポイントに着いた瞬間、待ち伏せしてた玲人君に攻撃を受けた。電信柱でね』

 「……何言っている?」

 『その角を見て。電信柱と大型バイクと軽自動車が転がっているでしょう? あれはね玲人君の竹刀みたいなモノよ。電信柱の2撃目で左腕がやられ、自分が撃ったペイント弾を全弾右腕に返されおシャカにされ、止めはナタで四肢の動力ケーブルを切断され、この状態です……』


 沙希に言われた通り角の向こうに不自然に置かれている、それらを見て前原は呟く。


 「……そんな、バカな……」

 『だいぶ手加減されたわ。大佐の“安全を最優先”ってのを守ってるわ。あと出来るだけ破損させない様に攻撃されてる』

 「……そんな、エクソスケルトンが赤子扱い……そ、そういえば玲人君は……」


 そう言って周囲の状況をカメラで見渡す。


 『私を、そこの電信柱みたいに浮かして運んだ後は、消えちゃったわ。そうそう何に使うのか分んないけど、ペイント弾のマガジンを一つ持っていたわ』

 「ペイント弾のマガジン?何に使う気だ?エクソスケルトンには致命傷扱いにはならないしな……何て言ってた?」

 『何も。ただ、“お借りします”だけよ』

 「そうか……せめて位置が分かればな。無人機の監視映像は復活したかな?」


 そう思い出した前原は後方に配置している指揮通信車に連絡を取るのであった。

 

 「こちら前原! こちら前原! 大御門准尉の位置情報を連絡願います」

 『はーい。こっちは“トンボ”をそっちに向かわせたわ。もう着く筈よ』

 「垣内さん、トンボって?」

 『“トンボ”は“トンボ”よ。まぁ一般にはヘリ型無人機って呼ばれているわ』


 「……はじめからそう言って下さい。まぁ良いですけど……こちらは沙希のエクソスケルトンがやられちゃって……玲人君の位置分りますか?」

 『そっかー。やっぱり沙希さんの信号おかしいなって、思ってたけど間違いなかったか……』


 「とにかく位置が分かれば教えて下さい」

 『りょーかい! ……あれ!? 何だこの映像……きゅ、急に映らなくなったぞ!?』

 「どうしたんですか!? 垣内さん!?」

 『ちょ、ちょっと待って! すすすぐに掛け直すから!』


 やけに慌てて志穂は通話を切った。前原は何となく嫌な予感がした。


 (……タイミングが良すぎる……やっぱり玲人君か?……)


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