30)模擬戦-3

 「どうするつもりだ?」


 安中は敢えて自分で指示を出さず志穂の考えを聞く。志穂の意志を尊重し間違っていたら指揮を執る考えだった。この考え方は通常の部隊では有りえないが各自が大きな戦力になりうる特殊技能分隊では別だ。


 「……まずは監視が必要よ! “トンボ”を2機飛ばして位置を特定する。位置が分かったら他の連中に伝える。並行して地中からは“犬”を3方向からけしかけるわ。さすがに“トンボ”の攻撃を玲ちゃんに行う訳にはいかないしね……」


 「構わない」

 「えぇ! あんた何言ってんのよ!? 分ってるでしょ! 非致死性弾は軽機関銃しか使えないわ。そもそもペイント弾だって至近距離じゃ危険なのよ!」


 「責任は私が取る。大御門准尉に対して実弾の使用を許可する。彼には効果が無いからな。今のままでは模擬にもならないだろう」

 「寝ぼけてんのかー!? あんた! いくらなんでも無茶苦茶だろう! チェーンガンなんか使ったら玲ちゃんミンチになるわ!」

 「垣内隊員。構わないから無人機の実弾を許可する。いや間違っていた、対戦車ミサイルは使うな。あれは高価だからな」


 「あんたの言う事は聞かないわ! 玲ちゃんを死なす訳にはいかない!」

 「分った。君の意志を尊重しよう。しかし君が判断し必要と考えたら対戦車ミサイル以外の兵装使用を許可する」

 「マジかよ……大丈夫か? アンタの彼氏?」


 さすがの志穂も、安中の暴走っぷりに横に居た坂井梨沙少尉に問いかける。


 「大丈夫だよ! 玲人と拓馬は14年の付き合いが有るんだ。私も知ってる。責任はあたしと拓馬、いや安中大佐が取るから志穂の思う通り動きな!」

 「イエッス! 姉御……でも姉御と腹黒大佐とはマジで付き合ってたんだな」

 「……垣内隊員、何か聞こえたぞ。各位私語は慎む様に。模擬とはいえ作戦中だ」


 志穂の返事に梨沙は微笑で返し、腹黒と言われた安中が代わって志穂に窘める(たしなめる)。


 「……坂井少尉。各位に繋いでくれ」

 「了解」

 「各位、聞いてくれ。これよりの模擬戦において各自の判断で対戦車ミサイル以外の実弾使用を許可する。但し、大御門准尉だけは本気になるな。以上」


 『ちょ、ちょっと待ってください! 何言ってるんですか! 大佐! 実弾なんか使える訳無いでしょう!』

 『ちょっとおかしいんじゃない!?』

 『……理由を求めます。大佐殿』


 前原と沙希は一斉に安中を非難し、伊藤は真意を問いただす。安中は伊藤に答える事にした。


 「質問に答える。大御門准尉にとって、実弾は脅威にならない。対戦車ミサイル使用を禁じたのはコスト的な問題だ。実弾使用は各自の判断に任せ、状況に応じ使用を許可する。その際の責任は全て私が取る」


 『マジかよ……』

 『使える訳無いわ!』

 『了解……状況によって判断します』


 ここで黙っていた玲人が安中に質問する。


 『大佐』

 「何か? 准尉」

 『自分はどの程度やるべきですか?』


 「済まないが、高価な装備類は出来るだけ傷付けず、回収が容易なように対応してくれると助かる。後、分っているが他の4人に対し安全を最優先してくれ」

 『了解』


 それだけ言うと玲人は通信を切った。


 「一体、何考えてんのよ!? あの腹黒大佐は!!」

 「……だよな。普通模擬戦はレーザーポインターでやる筈だ。ペイント弾っていうから変わってんなって思ったけど……実弾って。大佐は玲人君を殺したいのか?」

 「玲人君も玲人君よ! 自分の事なのに文句も言わずに……私達が実弾使ったらどうする気なのよ!?」


 「彼もまだ中学生だ。いくら実戦経験があるとしても、実弾の危険性を分って無いんじゃないか?」

 「迂闊(うかつ)すぎるわよ! それに何? あの大佐の言ってたこと!」

 「“他の4人に対し安全を最優先”って奴だろ? まるでこちらが攻撃を受けるかの様だった」

 「舐めすぎなのよ! このエクソスケルトンは歩兵がどうこう出来る装備じゃない。幾ら玲人君が不思議な力を持ってたとしても、速く走れる位じゃどうにもならないわ」


 「まぁ、普通に考えてそうだな。所で無人機からの情報は途絶えたままか?」

 「ええ。何か調子が悪いみたいね? さっき別な無人機を派遣したそうよ」

 「不思議な事もあるもんだな? 3機も同時になんて……まさか垣内さんがミスった?」

 「そっちの方がありそうね……」

 「色々大丈夫か? この部隊……」


 「……まぁ、私達は私達で頑張りましょう」

 「ああ、そうだな。所で沙希……予定ポイントに着いた頃じゃないか?」

 「えぇ。間もなく到着するわ。玲人君の位置は掴めなくなったけど、さっきの位置情報から判断するとこのルートで鉢合わせする筈よ」


 「了解。手筈通り俺はペイント弾で牽制するから、沙希は彼を横から拘束してくれよ」

 「了解。もう接敵する……」


  ”ドガァ!!”


 突然、スピーカーからの衝撃音が聞こえたと同時に沙希の通信が切れた。


 「おい沙希!! どうした! 沙希!」


 前原は大声で沙希に呼び掛けるが返答がない。何かあった様だ。


 「クソッ!!」


 前原は毒づいて沙希が居る場所へ急行するのであった。

 

 (うぅ……一体……何が起こった?)


 沙希は玲人が来るであろうルートの角にて待ち伏せしようとしたが、突然激しい衝撃でエクソスケルトン毎吹き飛ばされた。


 漸く姿勢を起こして立ち上ると、其処には玲人らしき人間が立っていた。玲人らしきと言うのはその出で立ちで誰かは認識できない為だった。


 真黒いスーツ姿に流線型の黒いヘルメット。特徴的なのは眉間に見える生々しい隻眼だった。


 「れい、とくん……?」

 『えぇ、泉上等兵。自分より攻撃させて頂きました。遠慮なく次の手行かせて頂きますが宜しいですか』


 そう言って答える玲人の片手には折れて短くなった電信柱があった。持ち上げているのではない。浮かしているのだ。

 

 その背後には大型の錆びついたバイクや凹んでボロボロになっている軽自動車が浮かんでいる。いずれも移動中拾ってきた玲人の“武器“だった。


 「え、え! ちょっと待って!」

 「いえ……その、模擬戦ですから」


 そう短く答えて玲人は右から電信柱を、左から大型バイクを振り回してくる。


 沙希からすればとんでもない状態だった。


 いくら頑強なエクソスケルトンでも、電信柱と大型バイクによる大質量攻撃の前には圧倒された。その衝撃力は凄まじく右から来た電信柱の打撃で沙希は吹っ飛ばされた。


 “ガカァ!!”


 本来なら次に大型バイク、止めに軽自動車だったが、玲人は沙希の状態を見て攻撃を止める。既に沙希のエクソスケルトンは今の電信柱の打撃でガードした左腕が火花を散らして作動不良を起こしている。


 (案外、脆い物だな……装甲車より壊れ易いか……)


 玲人は呑気にそんな判断を下し、大型バイクと軽自動車を地面に降ろしたのだった。



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