6)一つ目

 こうして二人は登下校を一緒にする様になった。玲人は小春をきちんと家まで送り迎えした。別に東条や晴菜が玲人に忠告した訳ではないが、玲人が小春に、


 “どこまで送ろうか?”


  と聞いてきたので小春は勇気を振り絞って、


 “い、いい家まで……”


  と要求した所、玲人は一言“了解した”と何気なく答え、そうなった。



 登下校を一緒にする様になって三日目の事だった。帰り道、一緒に帰ろうとすると玲人が小春に、有るモノを渡してきた。白い小さな小箱だった。


 「俺の姉が君にあげるとの事だ。持っていてくれ」

 「えっ 何かな?」


 上気した小春が小箱を開けると……あのグロテスクの目玉が一つ入っていた。


 小春は“ヒイィ”と叫び声を上げて放り投げそうになったが、真剣な眼差しで渡してくる玲人の手前、頑張って平静を取り繕(つくろ)った。


 「そいつは一日中付けて置かないと弱って死んでしまう。俺の様に身に着けてくれ」


 そういって玲人は自分の腰に付けた目玉を見せる。


 小春は玲人が言った“弱って死んでしまう”の意味が怖くて聞けなかったが、これは晴菜が言っていた玲人の“残念な思考”が成せる弊害だろうと考え、玲人なりの冗談と受け取った。


 だから、玲人が言っていた事は本気では信じていなかったが、姉から貰った物とはいえ、玲人と同じ様に身に着けるのは、おそろいの様で嬉しかったので素直に従おうと心の中で誓った。


 貰った目玉は、眼球のみの構成で視神経や筋肉といった器官は付いていなかったが、眼球は非常に精巧な作りで角膜や虹彩まで表現され本物の目としか思えなかった。


 眼球は僅かに弾力がある透明なゴムの様な球体カプセルに入っておりカプセル内は透明な液体が満たされていた。



 カプセルの外側にリングの付いた金具が付けられており、玲人が持っている目玉はリング部分にフックを付けてキーホルダーの様にして身に着けていた。小春や玲人がもらった目玉は非常に凝った作りだった。



 (こ、これもしかして高い、のかな)


 小春は見た目の気持ち悪さは別にして、凝った作りに勝手に値段を想像し、目玉をくれた玲人の姉に申し訳ない様に感じた。


 玲人も大切そうに付けている事から、悪意は無く純粋に特別な友人に送るプレゼントなのだ、と解釈した。


 「あ、ありがとう……」

 「まさか礼を言われると思わなかった。過去に同じ様に、姉から貰ったこの“目”を女子に渡した事が何回かあったが、悲鳴をあげられたり、放り投げられたりして姉を悲しませた。喜んだのは、石川さん、君が初めてだ」


 そう言って玲人は微笑んだ。心底嬉しそうに。その笑顔を見た小春は、ドギマギした。玲人の笑った顔を初めて見たからだ。


 (大御門君、ちゃんと笑えるんだ……)


 ハッと気を取り直して、玲人に返答する。


 「どう、いたしまして……」


 小春はそう返事するのが精一杯だった。そして小春も目玉を貰った時、悲鳴をあげ放り投げたかった気持ちを思い返して、実行しなくて良かったと心から思った。



 「もしかして石川さんと姉は、“相性”が良いのかもな。“相性”がいいと繋がりやすいから、たまに声が聞こえる可能性がある。その時、悲鳴を上げたり怖がったりしないであげてくれるかな」

 「え」


 小春は玲人が何を言っているのか分らなかった。学校で晴菜からは“残念思考だから何言うか分らないから! いちいち気にしたらダメよ!”と玲人の発言についてアドバイスされていたので、きっとこれも玲人のブラックジョークだと解釈した。


 「い、い嫌だなー 脅かせないでよ」

 「ん? すまない。そういうつもりでは無かったんだけど」


 そんな話をしている内に、小春の家に着いた。


 「いつも、送ってくれてありがと」

 「構わない。俺が望んでした事だ」


 小春は思わず顔が赤くなった。玲人にすれば何でもない返答だったとは思うが、小春にはストレート過ぎた。


 「で、でも大御門君。わたしの家と大御門君の家、逆方向でしょ」

 「そうだな、学校から石川さんの家が西側方向で概ね3kmで俺の家が東南方向で約6kmだから、石川さんの家からすると概ね9km弱くらいか?」

 「む、むちゃくちゃ遠いじゃない!」

 「大丈夫だ。何の問題もない。それに用事ある時は飛んで行くよ」


 (飛んで行くって? そうか急いで行くって事か……なんか悪いな)


 「それでは今日は失礼する。また明日、迎えに上がろう」

 「大御門君、もう少し待って。お母さんに頼んで送って貰うよ」

 「お気遣いありがとう。だけど今日はやる事があるから早く戻るよ。それでは、また明日」


 そう言って玲人は足早に来た道を戻って行った。そんな姿に申し訳ない、と思いながら今日貰った目玉を見つめた。


 正直、気味が悪いがこの目玉は玲人と、玲人の姉とそして自分とを結ぶ大切なものだ。


 「そうだ! 可愛くアレンジしよう」


 そう言って小春は家に駆け込んだ。


 夕飯後、小春はリビングで何やら裁縫をしている。妹の陽菜がその様子を覗き込むと、姉の手にはあのグロテスクな目玉があった。


 「ギャー!! おおおお姉ちゃん! な、何それ! その気持ち悪いの!」

 「大御門君のお姉さんから貰った」


 小春は、陽菜に今日のやり取りを説明した。


 「それ、絶対小姑の嫌がらせだよー」

 「そんな訳ないよ。大御門君も大切そうに付けていたもん。親交の証だよ」

 「あの残念思考の彼氏だからなー、姉弟揃って感覚がおかしいんじゃない」

 「かか、彼氏だなんて……そんなんじゃ無いよ……」

 「気にする所其処じゃないよ、お姉ちゃんも相当残念だねー。まぁ仲がいいならいいんじゃない?」


 何だかんだ言って、陽菜は小春の事を心配している様だ。小春は心の中で感謝しつつ、目玉の改造を続けた。


 「出来た! 一つ目ちゃん!」


 そう言って叫んだ小春の両手には、可愛らしい人形の姿があった。正確には目玉の着ぐるみ人形だった。丁度目玉を頭にしたテルテル坊主の様な人形であるが、体には短い手足があった。


 丁度顔にあたる目玉にはフードを被せフードにはピンと立った猫耳があった。着ぐるみを着せられた目玉は安易ではあるが小春は“一つ目ちゃん”と名付けた。


 「我ながら可愛くできた……」


 小春の目玉着ぐるみは、一応色違いでもう一着作った。玲人の物だ。目玉をくれたお返しに作ってみたのだった。


 「大御門君、喜ぶかな……迷惑かな……」


 小春が完成度に満足してひとり呟くと……



 “だいじょうぶよ、だってそれ、かわいいもの”



 突然誰かの声が聞こえた気がした。


 声だけで分る。美しくて優しい人だと直感した。何故だろうか、不思議と嫌な気持ちはしない。安心する、ずっと聞いていたい声だった。


 「え」


 びっくりして周りを見回す。其処には洗い物をしている母の後ろ姿と、和室で茶を飲み寛い(くつろい)でる祖母の姿しかなかった。陽菜は入浴中だ。


 (気の、せいかな)

 

 結局、それ以上声は聞こえず小春は自分の勘違いという事で無理やり気持ちを納得させた。いつもの様に学校の課題をして、好きなドラマを見て、お風呂に入ってベッドに潜り込んだ。


 お風呂以外は“一つ目ちゃん”は一緒に持っていたであった。


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