5)想い叶って

 その頃の小春はと言えば、1人自分の部屋のベッドで蹲っていた。


 (うぅ……明日から学校に行けない……)


 思えば今日の出来事は最悪だった。 伊原達にイジメられた事よりも、親しかった友人達から避けられた事よりも、何よりも玲人にひた隠してきた、この想いが玲人にあんな形で明かされてしまった事がどうしても我慢ならなかった。


 学校を飛び出して、この部屋で一頻り泣いた後も気分は晴れ無い。



 「うう……ぐすっ、うぐぅ……」


 一人で毛布に蹲って泣いていると“コンコン”とノックが聞こえた。


 「お姉ちゃん? 大丈夫?」


 小春の様子を気にして、妹の陽菜が様子を見に来た。


 「……だい、じょぶ……ひな、わるいけどひとりに、させて……」

 「……ん。わかった……」


 (重症だ、これは。初恋が玉砕した? どちらにしても今日は晩御飯無理そうだな……)


 妹の陽菜は冷静に分析した。姉の小春が学校の誰かの事に夢中なのは、鋭い母の観察眼により把握は出来ていた。同時に最近姉の元気のない事も。しかしこの落ち込み方は尋常では無い。その様子から陽菜が想像したのが……


 (相手は既に彼女がいたか……それとも3角関係に陥った?)


 陽菜は想像しながら、自分の状況も考える。今日は母の絵理子が仕事で遅くなる日だし、祖母の絹江は旅行中だった。


 (仕方ない。レトルトで済まそうか……)


 陽菜が、キッチンの棚を漁っていると玄関の呼び鈴が“ピンポーン”と鳴り、インターホンのカメラで外側を確認すると姉の通う学校の制服を着た男女3人が立っていた。


 (もしかして! 修羅場!?)


 女家族の石川家には色恋沙汰など無かった為、陽菜の想像は暴走気味だった。


 「お姉ちゃん! お姉ちゃんの彼氏とその友達が来てるよ!」

 「えええぇ!」


 陽菜のやや暴走発言に飛び起きた小春は、慌てて窓の外を覗くと其処には、玲人と晴菜と東条の3人が居た。


 (ど、どどうして、ここに大御門君が……それに松江さんと東条君まで…… ど、どうしよう、どうしよう……)


 陽菜は、母なら如何するか考え行動を起こした。


 「取敢えず3人上がって貰うね」

 「えええぇ ど、どどうすれば……」

 「じゃ、帰って貰う?」

 「い、いや! すぐに行くから、待ってもらって!」


 陽菜は姉の慌て振りと切り替えの早さより母の予想した、意中の誰かが来た事が確実視された。


 (今日の出来事は、全部ママにこっそり報告しよう……)


 そう決意して、3人を出迎えるのであった。



 「どうぞ、お茶ですが」


 リビングに迎えた3人を陽菜がもてなす。そして母に報告する為に3人を分析した。


 (お姉ちゃんの彼氏はこの、背の高い男子ね。顔は悪くない…… 無愛想けど。横の男子は、こっちの方が可愛くていい感じ! あたしなら確実にこっち選ぶわ。こっちの女子は、こっちの可愛い男の子の方をチラチラ見てるけど、お姉ちゃんの彼氏には見向きもしない……三角関係の線は無いか。それじゃ玉砕ぽいな。この彼氏さん、空気読め無そうだし)


 陽菜の観察眼も母恵理子に劣らず、僅か数秒の観察で真実に近付いていた。そんな中……、


 「お、お待たせしました!」


 小春は大慌てでリビングに飛び込んで来たその割にはしっかりと身嗜みを整えている。その様子を見た陽菜は(お姉ちゃん、ちょろいなー)と内心、突っ込んでいた。

 

 「……先ほどは失礼した」


 小春の顔を見るなり、玲人は謝罪した。


 「え、えぇ べべ別に……」


 恐縮してしまった小春は満足に返答できない。玲人は続ける。


 「ここに来るまでに、横の二人に色々、俺の問題点を指摘していただいた。いかに自分が、浅慮だったか痛感している。石川さん、あなたには嫌な思いをさせた様だ。この通り謝罪する」


 深々と謝罪する玲人。横でニコニコ笑って頷く東条。またその横でハラハラしている晴菜がいる。一方の小春はいきなりの謝罪で、恐縮仕切りだ。リビング別室では陽菜が3人の行動を諜報活動中だ。


 「そそ、そんないいよ! 謝ってもらわなくて!」


 小春は、玲人が来てくれただけで正直どうでも良くなった。しかし玲人は続ける。


 「俺は、あまり人に言えないが特殊な環境で姉と共に育ってきた為、どうやら他人と思考がちょっと違うらしい。その事を今日、横の二人に説教された」

 「そうだったんだ。ありがと、謝ってくれて」

 「だから分らなかったんだ。 石川さん。君が俺に好意を抱いて見ていた事に!」

 「「「「…………」」」」

 

 一瞬の間が生じた後、真っ赤な顔になった小春が二階の自室に駆け込んでしまった。


 「お、お前アホか!! そういう事は! 分ってても言うな!」


 ついにブチ切れた晴菜が玲人に罵声をぶつける。それを受けた玲人は冷静に返答する。


 「お前達が石川さんの行動の原点を俺に教えてくれたのだろう。其処に気付かなかった俺に不手際があったと判断した為だ」

 「だから!! いちいち口に出すな! これじゃ学校の時と一つも変わらんわ! 一遍死んで来い! このアホ!!」


 本気でブチ切れた晴菜の猛攻は止まらない。しかし玲人は冷静に“俺はまだ姉の為に死ねないしかし阿呆は酷いだろう”などと言い返している。

 

 真横の東条は“さっすがカドちゃんカッコいいね”と変わらず称賛している。別室で諜報活動をしていた陽菜は“お姉ちゃんの彼氏、確かにアホだわ”と納得していた。


 二階の自室に駆け込んだ小春はリビングのやり取りが聞こえていた。ドアが少し開いていた為だ。先ほど、玲人たちが来る前と同様にベットで蹲る。でも今度は泣いてなかった。何故だろうか。自分で自問してみる。


 (嫌そうじゃ、なかったよね……)


 小春が玲人に好意がある事は、謀らずしも玲人自身に伝わってしまった。しかし当の玲人は嫌そうな素振りでなく、むしろ気付かなかった事を謝罪していた。顔が赤い。何故だか気持ちが昂(たかぶ)る。


 (いい、のかな、嫌じゃ、ないのかな)


 自然と顔が綻(ほころ)ぶ。安心するのは早い事は、もちろん小春にも分っていたが、逸る気持ちが止められない。

 

 暫く蹲(うずくま)って問答しているとドアがノックされる。そして……


 「石川さん、俺はまたやらかしてしまった様だ。俺は、先も言ったが他人と異なる環境で姉と生まれ育ってきた。その為また石川さんに迷惑を掛けた様だ。この通り謝罪する」

 「……その、いいよ、謝んなくたって。それより……その、あの……」

 「なんだろうか?」


 精いっぱいの勇気を持って小春は、ドアの向こうに居る玲人に問い掛ける。


 「……わたしの、気持ち……いや、じゃない?」

 「俺は、他人と色々違う。俺も、姉も。その事が逆に石川さんが嫌になるのでは、と思う。今までも何度かあったんだ……」


 それを聞いた小春は、ガバッとベットから飛び起きて、全力で否定した。


 「そんな事! 絶対ないよ!」

 「そんな俺が、俺達が石川さんの好意の気持が嫌な訳ない」

 「こここ、好意だなんて……そ、そんな大層なものでは」

 「違うのだろうか」

 「ち、ち、違わないと、思う」

 「それで石川さんさえ良ければだが、登下校を一緒にしないか。そして俺と、俺の姉と友達になってくれないか」

 「こ、こちら、こそ、喜んで……お願いします」


 何気に玲人の暴走しそうな発言を一階で覗き見している東条と晴菜は、何となく上手く行きそうな雰囲気にハラハラしながら(主に晴菜のみ)見守っていた。


 かなり筋書とは違うが成り行きの方向性は東条と晴菜が望んだ形になりそうだ。もっとも晴菜としては、今の玲人と小春のやり取りを聞いて(なんでここに姉を持ち出す! 引かれるだろうが!)と内心吠えていた。


 一方の陽菜は、こっそり自室に戻り玲人と小春の様子を諜報していた。そして素早く母にメールしていた。そこには短く、


 “姉小春に来春。姉の彼氏、姿概ね美形、思考残念。そしてシスコンの疑い有“


 と、送られていた。玲人に対して見事に評されていた。陽菜のメールを受け取った母は仕事中の為か返答は短く、“グッジョブ! 後に詳細求む”と書かれていた。

 

 混乱は有ったものの、小春と玲人はまずは友人として付き合う様になった。この関係は石川家の人々にとって歓迎されたものだったが、彼らは知らなかった。


 玲人とその姉、仁那の本当の事を。彼らがどの様に生まれ、どの様に生きて来たかを知れば、小春の母や妹は何が何でも小春には近付けなかったかも知れない。


 だが、小春は玲人に出会い初めて恋をし、惹かれてしまった。


 そして二人の時間は徐々に重なり始める。これが世界に激震を与える事も知らずに……。



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