4)カナメ
「また何やらかしたの、カドちゃん」
「俺は何もしていないぞ、カナメ」
東条は玲人の事を、あだ名で呼んだ。あだ名の由来は小学校からで、大御門の苗字から“カドちゃん”らしい。一方玲人は東条の事を下の名前で呼んでいた。
東条は、玲人にとって唯一小学校から続く友人だった。突然現れた東条に少し驚いた晴菜が東条に問いかける。
「と、東条あんた、部活じゃないの?」
「今日は用事があって顧問の先生に言って休ませて貰ったんだ」
玲人の友人の東条は卓球部に所属していた。腕前は其れなりだが、男子なのに可愛らしい容姿で真面目に取り組む姿と愛想良さで先輩達から可愛がられていた。
以前から晴菜はそんな東条の事を気に掛けており小春が玲人にしたのと同様、東条を視線で追い掛けていた。だからこそ、小春が誤解を受けてイジメを受けたと分った今、小春の事を放って置けなくなった。
そんな時現れた東条に、ちょっと動揺した晴菜だったが、晴菜は先程までの玲人のやり取りを東条に説明する。
「さっすがカドちゃん。さっきも良く言った! って思ったけど相変わらず渋いね」
東条は手放しで称賛した。東条と玲人は小学校からの付き合いというが、玲人がおかしな言動をするのは、横に居た東条にも原因が有る様な気が晴菜はしてきた。
「いやいやいや、そこ褒めるトコじゃないよ、東条。大御門君、クラスの皆の前で石川さんを公開処刑にした事、全く分かってないから」
「俺は石川さんを処刑などする訳ない。君こそ何を言っている?」
晴菜は、“こいつ、ふざけてんのか?”と思ったが、当の玲人は本気らしい。二人の様子を見た東条が、助け船を出した。
「ダメだよ、松江さん。カドちゃんは頭が軍人の脳みそになってるから通訳しないと」
「は? 何それ」
「一応フォローするとカドちゃんの御爺さん代わりの人が軍人さんらしく、その所為で気が付いたら脳がこうなってたらしいよ」
“面白いよね”と笑いながら東条は言うが晴菜は溜息をついて答えた。
「東条、それ面白がってる場合じゃないよその所為で石川さん、エライ事になってんのよ」
「確かにね。でも大丈夫だよ、松江さん。僕はカドちゃんと相方になって長いから、カドちゃんの馴らし方よく分かってるんだ」
何気に酷い言い方の東条だが、言われている側の玲人は何も感じてないのか、他人事の様に空を見ていた。
「カドちゃん。石川さん、放って置いたら他の子にまた、イジメられるよ。だからカドチャンが見守ってあげて欲しいんだけど」
「しかしカナメ。何故、俺が石川さんを守らねばならない? 第一、俺には姉を守るという使命が……」
“何こいつ、シスコン?”引き気味で後ずさりながら呟く晴菜に、指で“静かに”とサインを送りつつ東条は続ける。
「カドちゃんがやらないとダメだよ。カドちゃんしか出来ないし、カドちゃんにも原因あるよ。カドちゃんが守っていいかお姉さんに聞いてみたら?」
「俺しか出来ないのか?」
「そうだよ、石川さんのご指名だよ」
「俺に石川さんが迫害を受ける一因があったのか?」
「そうだよ、軍人脳だからだよ」
“むぅ”と玲人は唸って顎に手をやって考える。
(どう考えてもこいつアホだ)
晴菜は冷静に玲人を分析し、逆にアホな玲人をうまい方向に躾ける東条に、“こいつこんな可愛い顔して小悪党だったのか……”と変な感心をしていた。晴菜も残念な脳筋少女だった為、好意を持つ東条には過剰な“補正”が掛かっていた。
「事情は分かった。時間の許す限り対処してみよう。一度姉の仁那にも確認は取ろう」
そういって玲人は腰に付けていたリアルな目玉のキーホルダーを握って目を瞑る。
“あれ何やってんのよ!?”
晴菜が玲人の不審行動に対し東条に助けを求める。
“静かに、今はカドちゃんの頭の中で軍人脳からオカルト脳に移行中だから。ちなみにオカルト脳の仕込みはカドちゃんのお姉さんらしいよ!”
晴菜は(確かにこいつは面白いわ……)と思い同時に玲人を好きな小春に同情した。
「ふぅ。意外に姉は乗り気だった。石川さんの護衛は善処しよう」
“い、今ので何がわかったの? 大御門君の姉って二次元の人?” と小声で東条に聞くと……。
“僕も会った事ないけど、二次元の人だっら面白いね。まぁとにかくカドちゃんの事は任してよ” などと東条は言う。
「それは良かったよ、カドちゃん。ところで護衛はどうするか分かってる?」
「馬鹿にするな、カナメ。これでも腕には覚えがある」
「甘いよ、カドちゃん。今回の護衛はそういう意味じゃない。腕力で片付けられる問題じゃない。カドちゃんだけじゃ無理だから、僕と松江さんが協力するよ!」
「ほぅ? 民間人の君たちに教わる事は無いと思うがな」
「カドちゃん、それは大きな間違いだよ。今回の護衛はね、石川さんの心を守る護衛だよ!」
「な、なんだと……」
晴菜は東条の小悪党ぶりに大いに感心した。また、同じ位に玲人の残念な思考に呆れ果てた。しかし、これは晴菜にとって嬉しい誤算だった。
(東条と一緒に居れる時間が増える!)
密かに晴菜は玲人の残念思考に感謝しつつ小春への協力を胸に誓った。
三人は学校近くの公園でたむろして、話し合いを続けていた。
「……俺が石川さんの登下校に付き添う? 其れだけでいいのか」
「其れだけじゃないよ、カドちゃん。石川さんがして欲しいとか、一緒に行きたいとかそういう石川さんの要望にも答えて欲しいんだ。でもカドちゃんもお姉さんの用事とか色々あるし、カドちゃん自体が嫌なら答えなくていいよ」
「俺自身、非番の時は別に構わないがそんな事位で解決するのか」
「非番って、アンタ……軍人みたいに」
「松江さんも引いてるよ。あんまり軍人脳露出したらダメだよ」
「俺の何が軍人脳だ? ま、まさか軍に携わる者は脳が軍用だと言うのか!?」
「はいはい、其れでいいよ。とにかくカドちゃん。問題なく出来るって事でいいね」
“知らなかった……職業によって脳の仕様が変わるとは……”等と一人で呟き、横に居る晴菜を引かせている。
晴菜は内心(なんで石川さんはこんなアホがいいのか……)と此処に居ない小春に再度同情していた。
「カドちゃんがOKという事で、まずはカドちゃんが石川さんの家に謝りに行くこと。僕と松江さんは付き添いで一緒に行くよ。その間に色々シミュレーションしてみよう。松江さん、協力してくれる?」
「しょうがないわねぇ。これは貸しよ、東条」
晴菜はそう言いながら嬉しそうだ。
こうして、東条と晴菜は小春の家に向かいながら、玲人を教育した。
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