3)晴菜
「誰! こんな酷い事するの! 本当に信じられない!」
そう大声を出して小春の元に駆け寄ったのはジャージ姿の松江晴菜だった。バレー部に所属するベリーショートの元気な少女だ。
晴菜は丁度バレー部の朝練が終わって教室に戻った所だった。晴菜と小春は友達という訳じゃなかったが、晴菜は性格上、こんな陰険なマネは見過ごせなかった。
「こんな事したの誰! みっともないと思わないの!」
晴菜は大声を出して見渡したが、誰も何も言わない。
「……石川さん。一緒に先生に言いに行きましょう」
晴菜はそう言って、小春の手を取り教室を出た。
晴菜は担任の真島のぞみに今朝の惨状をぶちまけると、気の弱い所があるがまともな教師である真島は、“すぐに見に行きましょう”と言って晴菜と小春を連れ立って教室に向かった。
三人が教室に近づくと何やら言い争う声が聞こえる。言い争っているのは、大御門玲人と美人だが我儘な伊原恵美とその取り巻きの女子達だった。
「私は知らないと言っているでしょう?言い掛かりはやめてよ、ムカつくから」
「あれはお前達以外にありえない。状況がそう語っている」
「勝手な事、言わないでよ! 私達がやった、ていう証拠でもあるの!?」
伊原は玲人に対し、詰め寄ったが玲人は構わず言い返した。
「普段始業ギリギリに来るお前達が今日だけ揃って早く来るのも不自然だ。其処のお前の手の平に付いている白い色は石川さんの机に落書きされた中傷の文字と同じ色だ。
白いマジックペンなど学業では使うケースは余り無い。何より俺が来た時にお前達は慌てて石川さんの机から離れたのは何故だ? その際に其処のお前が机に手をついたのを俺は見た。状況的にお前らの仕業だ」
「訳分らない言い掛かりは止めて!!」
「あんた、一体どういうつもり!!」
「関係無いなら出しゃばらないでよ!」
伊原恵美とその取り巻きは騒ぎながら一斉に玲人に抗議するが、玲人は全く動じない。
「大体、何でお前らが石川さんに絡む理由がある? 暇なのか? 程度の低い連中だな」
心底軽蔑した玲人の言い様に恵美はついにキレた。
「あんたに何の関係があるの!! そもそも、あの地味な子が神崎君に色目使ってるのがキモいのよ!!」
「とんだ言いがかりだな。石川さんは神崎を見ていない。勘違いでこんな真似をするなんてみっともない連中だ」
「あんた、何言ってるのよ!! 私はあの子が神崎君を気に掛けてずっと見てるのをこの目で見てるのよ!」
遠目でこの光景を見ていた小春は、思わず違う、と口に出し掛けた時……
「まるで違うな。視線の動きで対象の動向がかなりの確率で推察される。いいか良く聞け。石川さんが見ていたのは神崎ではない」
「そんな訳ないわ、確かにあの子……」
「違うと言ってるだろ。石川さんが凝視していたのは神崎ではない。この俺だ!」
「「「…………は?」」」
「分からないのか? 今度神崎が居ない時の石川さんの視線を追って見るがいい。間抜けなお前らでもすぐに理解出来る」
玲人の断言により教室全体が微妙な静けさになった。小春は机の時以上に衝撃を受け、完全にフリーズした。晴菜はそんな小春に苦笑いを浮かべていた時、後ろから声がした。
「……相変わらず斜め上発言で面白いな、お前という変人は」
サッカー部の朝練から帰ってきた神崎が、笑いながら教室に入ってきた。玲人は神崎を見るなり胸倉を掴んだ。
「神崎、お前の女どもが石川さんにあらぬ疑いを掛け迷惑を掛けた。お前から石川さんに侘びを入れろ」
そう言って玲人は、神崎の胸倉を離した。対する神崎は溜息を付きながら、居心地の悪そうな伊原達に向かって話す。
「いろいろ突込みどこだらけ満載やけど、まあいいわ。伊原、それからお前らも。みっともないマネすんな。俺は石川と何もないし、たぶん玲人が言ってんのも本当や」
「当然だろう、クソが」
そう言い放って、玲人が伊原恵美とその取り巻きを睨むと恵美達は神崎が横に居る為、黙って俯いた。玲人は勝った、とばかり悠然と教室前に居る小春の前に立った。
「机は、神崎とあいつらに綺麗にさせる。それにしても迂闊(うかつ)な連中だ、石川さんが神崎を見てると思うなんて。石川さんが観察していたのは初めから俺だけだったのに……そうだろう石川さ」
“ドン!”
玲人が言い終わる前に小春は玲人を両手で押し倒して走り去った。玲人は「なるほど敵意からの観察対象だったか……」などと呟いていると、
「あんたってホント信じらんない!」 と叫んだ晴菜が小春を追い掛けた。
玲人は仕方無いな、教室に戻ろうとしたとき空気だった担任の真島が玲人の肩を叩き、
「大御門君、伊原さん達と一緒に教員室に来てくれる?」と凄い作り笑いで迫った。
その後、真島により伊原達の所業が明らかになり玲人は釈放された。伊原達は机の清掃と反省文と小春への謝罪を命じられた。
暫く停学になるという事で親が呼び出されそのまま帰って行った。私立の学校の為、この様な問題には厳しかった。
玲人は釈放後、教室に戻ったが小春の姿はなかった。あの後、自宅に帰ってしまった様だった。その日の放課後、玲人は帰ろうとすると後ろから声がした。
「ちょっと待ちなさいよ!」
振り返ると松江晴菜だった。今朝と同じくジャージ姿だった。
「何か用?」
「あんたねぇ……あの場で自分が何したか分かってる?」
「伊原恵美達に説教した」
「……それは分かってる。そこはアリガトウ、なんだけどあんたのやり方が可笑しいの!」
「俺は伊原恵美達の卑劣な振る舞いが見過ごせなかっただけだ」
「はぁ……ほんとに分かってないのね……あんたはあの時クラスの皆に石川さんが一番内緒にして欲しかった事を大声で宣言したのよ!」
「一体何の事だ? 俺は石川さんから秘匿(ひとく)事項は何も聞いていない」
「ひとく、て何訳分からん事言ってんの。そうじゃなくて石川さんが見ていたのは誰の事かって話の事よ!」
「それは俺の事だが」
「それを皆の前で言ったのがバカなのよ!」
「それの一体何が問題だ?」
“こいつ、ほんとダメだわ……”と頭を抱える松江晴菜の前に玲人の友人の東条カナメが現れた。
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