2)視線

この時代、第三次世界大戦の当初、この国の首都に核兵器が使われてしまった。その被害と及ぼした影響は筆舌に尽くし難く、この国は大混乱に陥った。


 しかし、極めて残念な事に核兵器の洗礼を受けたのはこの国だけでは無かった。先進国と言われる国々も核攻撃を受けてしまった。


 小型とはいえ使われてしまった核兵器の影響で、分裂した大国より大量の難民が流れ着いた。同時に分裂した大国の中で軍事力を有した派閥は組織化し、侵略行為をこの国に対し行う様になり、その影響かテロ行為が生じる様になってしまった。


 テロ組織の行動理由は“現政権打倒”だの、“敵国殲滅”や“尊厳を取り戻せ”だの“神仏の名の元に”等々、本当に様々だった。


 第三次世界大戦が終了し、漸く社会が落ち着きだした頃、この国でクーデター事件が勃発した。その事件は未然に防ぐ事が出来たがこの国の弱体化を示す結果になり、その後テロ行為は影響力を増し、全国で頻発する様になってしまった。


 小春の父が亡くなったのも、そんな時だった。小春の父は中堅商社のサラリーマンで出張中で、復興景気で世間が湧く中、大型案件を受注し喜び勇んで家族の元に戻る最中だった。移動の際に爆破テロに巻き込まれたのだ。小春はその時小学5年生だった。


 知らせを聞いた母と妹が泣き崩れる中、小春も只々、泣くしか出来なかった。どうしようもなく悲しくて仕方なく、大好きな父が居なくなった石川家は悲嘆にくれた。結果母の実家で祖母と同居する事になり、今の家に引っ越したのだった。


 父が亡くなってからの石川家は大変だった。夫を亡くした事より暫くの間、母は病気がちになり生活は困窮した。


 幸い、テロにより被害者家族(叉はテロ被害者家族)への支援団体の“憩いの会”による援助を受け、その一環で小春と陽菜の学校は私立上賀茂学園に無償で通わせて貰う事が出来た。 


 この学園は小中高一貫の学校で、小春と陽菜は高校までの学費及び授業料は一切払う必要が無くなり、家計を支える母としては大変有り難いものだった。


 引っ越した当初、小春は別な小学校に通っており沢山の仲の良い友達に恵まれたのだが生活の事情により、母の負担を減らせるならと、この学園に転校した。


 小学校高学年からの転校は引っ込み思案な所がある小春には気苦労が多かったが母の事を考えると我慢するしかなかった。

 


 そんな事情を思い出しながら小春は玲人の話を聞いていた。

 

 「……あのテロは過激派組織の真国同盟が起こしたものだったな。中国地方南東部の高速鉄道駅に対する爆破物テロ、死傷者23名……酷い事件だった。その、大変だったな……」

 「……うん。ありがと」


 小春は玲人が事件についてやけに詳しい事に少し驚いたが、風化されたあの事件について知っていてくれた事の方が嬉しかった。

 その後掃除を再開した玲人と小春の間にまた、沈黙が生じたが今度は小晴にもどかしさはなかった。二人は協力し合って掃除を終えるのであった。


 「それじゃ、石川さん。また明日」


 玲人は校門前でそう言った。今気が付いたが玲人の腰にリアルな目玉のキーホルダーが付いていた。さっきまで無かった様な気がするが何時の間にか付いてた気がする。


 小春は、玲人の趣味かな、と思ったがその事は触れなかった。此処で小春は、どうしても気になって仕方が無かった事を玲人に聞いてみた。


 「あの、お、大御門君……わたしと昔どこかで、その、会ってない?」

 「……? 俺は小学一年からこの学院に通ってる。石川さんが越して来てから学校の中で会ったんじゃないか?」

 「うん……そうかも、知れない……」

 「……まぁ、不思議だが俺も、そんな既視感を今日感じたよ。何処かで会ってるのかも知れないな?」

 「……! うん! きっと、そうだよ!」

 「それじゃ、改めて。また明日」

 「大御門君、今日はありがと。また、明日」


 小春は、玲人も自分と同じ様に何処か懐かしい感覚を持っていた事がとても嬉しかった。小春は高揚した気分を抱いたまま、学校を後にしたのだった。


 初めて会った日から、玲人の事は気にはなっていたが、先日2人で過ごした掃除の後より、小春は玲人に対しての気持ちは更に強くなってしまった。

 

 自分でも分らないが、どうしようも無く惹かれ始めた。まるでこうなる事が定められているかの様だった。その想いは日に日に強くなり、玲人の事が気になって仕方ない様になった。そんな思いから、小春はいつも玲人を視線で追い掛けるのが日課となった。

 

 そうしていると、今まで気付かなかった玲人の意外な姿が見えだした。玲人は部活には入っていなかったが運動は得意な様で、どこかの運動部の応援に呼ばれたりしていた。


 休みがちなので友人は少ないが何人かの友人は居て、特にサッカー部の神崎敬太と、頭が良く真面目な東条カナメとは気が合うみたいだった。


 また、勉強も出来る方で課題等はきっちりやってきていた。玲人と席が近く、勉強の苦手な神崎が良く課題を写させて貰っている様だった。

 玲人は顔だちも悪くない。女の子から好まれる眼の大きなアイドル顔とは違ったが、端正なすっきりした顔をしていた。


 こんな玲人の姿を見て、どうして女の子から興味を持たれないのか不思議だったが、理由はすぐに判明した。会話がそっけなく、基本誰にも興味を持っていない態度が滲み出てしまっているからだ。それに他人には理解しがたい玲人の言動も大きな理由だった。


 対して、玲人の友人の神崎は明るくて元気があり顔だちもとても良く女の子にもてた。そしてもう一人の友人の東条も男子ながら愛らしい印象で人当たりが良く、周囲からは好印象だった。


 玲人に興味があった女の子は玲人のそっけない態度や謎の言動に失望すると同時に、玲人の友人の神崎や東条がそんな女の子のフォローに入る事により彼らの株が上がり、完全に玲人は日陰の存在になった様子だった。


 玲人がよく休む事も理由の一つだろう。玲人は休む理由は誰にも言わないし、また言い訳もしなかった為、何となく冷たく自分勝手で変わった男子という、勝手なイメージが女子を中心に生じて、周囲にも浸透していた。


 玲人からすれば誤解もいい所だが、当の本人は何とも感じていなかった為、事態は好転もせずそんな印象が固定されてしまった。


 小春は二人で掃除したあの日から玲人と話す機会はなかった。小春は自分が玲人に対して強い好意を抱いている事を分っていたが、かといって自分から話し掛ける度胸はなかった。だから玲人の姿を視線で追う日々を過ごした。


 そんな中、それは始まった。初めは皆から避けられている感じがした。クラス分けでやっと仲良くなったグループの中に入ろうとすると微妙に雰囲気が変わる感じがした。


 初めは気が付かない振りをしていた。その内、色んな物が無くなる様になった。上履きや置いていた教科書。それらは校舎裏のごみ箱で見つかった。そんな状況で小春は途方に暮れた。


 何でそんな事が起きるか分からないからだ。誰かに相談したくともグループの友人たちは次第に小春を避ける様になっていた。友人達は話しかけ様とすると、その場から連れだって立ち去ってしまうのだ。

 

 クラスの周りの人はそんな様子を遠巻きに見ているだけ。明らかに嘲笑する女の子もいる。玲人も小春の様子を眺めていたが、そもそも気付いていない様だった。小春の心の中は悲しさと不安で一杯になった。どうにかなってしまいそうだった。


 次には決定的なことが起こった。朝、登校すると机にマジックで大きく落書きされていた。

 落書きには “色目使うな、ブス!!” “気持ち悪い 死ね” “顔見せるな!”

とか、机の上にありとあらゆる罵詈雑言が落書きされていた。


 「うそ、なにこれ……」


 小春はあまりの事に呆然となって立ち竦んでいる所に、誰かが叫ぶ声がした。

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