隻眼殲滅兵器の婚約者
美里野稲穂
1章 少年と少女
1)出会い
そこは、薄暗い体育館程の広い部屋だった。部屋の中心に置かれている直径1m程度の真黒い石の玉。
その石は非常に滑らかな表面をしており、白い円形の階段状の台座に設置されていた。石の前には大人二人が十分寝れる程の大きな祭壇があり、その上には血糊がべったりと付いている。
その祭壇の前に二人の少年、少女が立たされていた。少年は誰かに殴られたのだろう、赤黒く腫れた顔をしていたが元は整った優しい顔立ちが予想された。少女は少年より少し背が高く栗色のルーズウェーブの髪を持った美しい少女だった。
その少年と少女の横に白装束、白面布の姿の男が二人立っており一人は鎖のようなものを持ち、もう一人は白い紙に包んだ刃を持って立っている。
少年は、ただ自分の横にいる少女だけを守りたいだけで、自分に彼女を守れるだけの力さえあれば本当に何もいらなかった。
彼女だけは不安にさせたくない、その思いしかなかった。だから少年は少し背の高い少女に呟いた。
「……大丈夫だよ。僕が絶対守るから」
そう囁くその声によって少女は目の前の状況が、どんな絶望的であって何の根拠もない慰めでもあっても心は満たされ勇気づけられた。少女は涙を微笑みながら、少年の体に自分をそっと、寄せた。
無情にも、この世界に二人が共に生きられる居場所は何処にもなかった。家柄、家族、伝統、戦争、環境、思惑、欲望、都合、常識そして義理とはいえ姉と弟という立場。
多過ぎるしがらみが二人を雁字搦めに縛り、何も抗うこともできずここに、絶対的な死の入り口に連れてこられた。この世界は二人に死んでくれ、と言っている様だった。
少女は死の入り口に近づくにつれ激しい憎悪を抱いた。自分の中にこれ程醜い感情があったのかと驚く程に。それは周囲、いや世界に対しての憎悪だ。
しかし少女にとって唯一愛する存在である少年が「大丈夫だよ」と囁く声を耳にすると自分の身の内に生じた、どす黒い何かが消えていく感じがした。
「……さっさと始めろ。時間の無駄だ」
野太い男の声が後ろから聞こえた。この男は少女の実の父親だった。二人は血の付いた祭壇に寝かされた。二人は逃げられないように鎖で手足を縛られ、荒縄で口を縛られて声を封じられた。
そして白装束、白面布の姿の男が白い紙に包んだ刃を持って二人の前に立った。男の一人が、寝かされた少年の胸に目掛け迷わず刃を――
ついに死の入り口が扉を開き、二人は死を迎えた。二人にこの世界は居場所を与えず、確かに世界は二人を躊躇なく蹂躙した。
……この世界は二人を見捨てたが、其れを許さなかった”ある存在達”が居た事は、この時誰も知らなかった……。
それから時が流れた――
14歳の女子中学生、石川小春は今日もある男の子を視線で追いかけていた。
小春は平均の子供達より小柄でナチュラルショートの可愛らしい容姿だったが、どこにでも居る普通の子だ。
そんな小春が気にしている男の子は小春が通う私立上賀茂学園のクラスメイトで大御門玲人という。玲人は中学生にしては背が高く、すっきりした端正な顔立ちをしていた。
小春が玲人を意識しだしたのは、中学二年となって新しいクラスになって初めての日だった。
中学二年となった最初の登校日に校舎の入口広場に張り出されたクラス分け名簿により中学一年生の時の友達は皆、別なクラスになり完全に孤立してしまった小春は、落ち込みながら新しい教室に向かっていた。
廊下を歩いていると、中学生に思えない背の高い男子生徒の背中を見つけた。
その少年の身長は170センチを軽く超えていて、140センチにも満たない小柄な小春からすれば、頭一つ分以上の差がある事になる。
その背の高い少年も、自分と同じクラスに向かって居る様だ。
(この子も、同じクラス? 先輩じゃないの?)
そう思っていると目の前の少年が、ふと横向き廊下の窓を見た。その横顔を見た小春は自分でも説明出来ない衝撃を受けた。
例えるなら心を鷲掴みにされた様な感覚だ。
目の前の少年は知らない筈だが、何故か良く知っている、とても懐かしい様な不思議な感覚だった。
小春は立ち止まり、自分を襲ったこの理解出来ない感情を整理しようとした。そして何気に頬を触ると濡れている。
……無意識に涙を零していた事に気が付いた。
ハッと自分が今まで何の目的で廊下を歩いているか思い出して、慌てて新しい教室に急いだ。
あの少年は新しいクラスに居た。自分の席は窓側の真ん中だが、彼は廊下側の後方で微妙に遠いと小春は残念に思った。
自己紹介が始まって、あの少年の名前が分った。彼は大御門玲人と言い、間違いなく中学二年生で同級生だったが、大人の様に落ち着き成熟した身体だった。
小春はその日から玲人の事が気になった。“小さい時に会っていたのかな”と、初めて目にした際の、あの衝撃を説明付けしようとした。
そして何とか玲人と話せる機会が無いか模索したが、玲人は友人も数人しか居らず、休み時間は図書館から借りた本を読んでいて、自分から誰かに話し掛ける事の無い少年だった。
何より玲人はよく休む少年だった。新しいクラスになってからもすぐに数日休み、その後も早退をする事が多かった。
そんな訳で、小春は玲人と話し掛ける機会が無かったが漸(ようや)く、その機会が巡ってきた。
その日小春はクラスの掃除当番だったが、ほかの子たちは家の用事だの何だのと、適当なことを言って帰ってしまった。
残ったのは妙な責任感を性分に持ってしまった小春と、休みがちであるがこういう雑用はきっちりこなす、これまた残念な性分な玲人だった。損な役回りとなった二人は微妙な距離感で掃除を始めた。
小晴としては、玲人に話し掛けたかったが、無口な玲人は小春に語り掛ける事も無く黙って机を移動しだしたので、小春も仕方なく掃除を始める形となった。
二人は黙々と掃除を続け、床を掃き終わり机を戻し終わった時に、小春の携帯端末がメールの受信を知らした。
この時代、学生でも携帯端末の持参は認められてる。緊急避難信号の発報の為だ。メールの受信は妹の陽菜からだった。
「あ、陽菜からだ」
小春は玲人が近くにいることを忘れ、つい素の口調で呟いてしまった。
(やってしまった……)
と思わず頭を抱えそうになった。玲人はそんな小春をみて、
「友達?」
玲人は小さな声で聞いてきた。
「……! う、ううん。妹……」
「……何かあった?」
「そ、その、かか買い物付きあってほしいって……言われた」
「そう。いいな」
一瞬、小春は玲人から話し掛けれ嬉しくて気が動転して慌てたが、落ち着くにつれ玲人が言った、“いいな”の意味がどういう事なのか気になって勇気を出して聞いてみた。
「……ど、どういう意味?」
「そんな風に一緒に歩けるから」
玲人の答えは、小春にとって予想外であり小春は拙い事を言ってしまったのかと戸惑った。小春は有る事件で父を亡くしている。玲人も同じなのかと勘ぐったのだ。
「ご、ごめん……その……」
「ああ、違う。俺も姉がいるんだ」
小春は少し安堵したが、“いいな”の意味が気になってしまった。聞くべきではなかったかも分からないが、少し会話が出来て凄く嬉しかった事もあり思わず聞いてしまった。
「そうなんだ。でも、なんで……」
「姉は動けないんだ」
「え」
「姉は生れつき病気で、外に出れないんだ」
「…………」
小春は、こういう状況下での機転が効くほど器用ではなく、なんて言っていいか分からず黙ってしまった。玲人は困っている小春をみてすぐに訂正した。
「……ごめん。歩けないし喋れないけど、意識がないって訳じゃない。言いたいことも分かるし。まあ……元気だ」
そう言って玲人は笑って見せた。小春は凄く気になっていた事を聞いてみた。
「大御門君がよく休むのって、もしかして……お姉さんの病気の為?」
「……まあ、そうかな」
玲人はクラスで休みがちだったが、何も知らないクラスの一部分の生徒は良くは言っておらず、小春の新しい友人達も同様に玲人の事を非難していた。
小春は気になっていたが玲人の事情が分からないので反論も出来ず、歯がゆい思いだった。
「お姉さん、大変だね……それで、あの」
“……お父さんやお母さんは?”
小春はそう聞きかけて口をつぐんだ。それを見た玲人はなんとなく察して笑って答えた。
「親は居ない。俺達が生まれた時亡くなった、て聞いてる」
「もしかして大御門君の親も、そのテロとかで……死んじゃったの?」
「詳しくは知らないんだ。気付いたら俺と姉は二人きりだった。今は病院で暮らしている」
小春は病院で暮らしている、という玲人の話を聞いて、きっと玲人達の親戚等の医者の家に暮らしているのだろうか、と解釈した。
とにかくあまり深くは聞いていい内容でないな、と思い直し自分の事を話した。
「わたしのお父さんも小学生の時に死んじゃったんだ。4年前のテロで……」
「4年前のテロ? もしかして高速鉄道駅の爆破テロか?……」
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