第244話 いいわけ
「どういうこと? 兄さんは出会った時から兄さんだったよね?」
スリアンは混乱しながらも、アスペンの肩に両手を添えて問いただす。
「ええと……その、説明は後でゆっくりさせてもらえないかな」
アスペンは申し訳なさそうに視線を逸らしながら言葉を濁した。
その言葉にスリアンは不審げな表情を浮かべるが、今は説明を求めるよりも彼の傷の手当てが先決だと考え直し、強く頷いた。
「わかった。とにかく今は治療が最優先だ。話はそれからにしよう」
やがて、その場に駆けつけた軍医によってアスペンの応急処置が施され、二人は馬に乗せられて宿営地へと急ぐことになった。
日が落ちるころ、野営の準備を終えたスリアンは、改めてアスペンの滞在する天幕を訪れた。
人払いをした天幕の中でアスペンと二人きりになったスリアンは、困惑の表情を隠そうともせずアスペンに詰め寄った。
「兄さん、少し話を聞かせてくれないかな」
「ああ……わかっている。隠し事をしていたことは謝らせてくれ」
アスペンはテーブルの上の書類を脇にどけると、深々と頭を下げた。
「話すと長いんだよ。とりあえず、この
「いや、一刻も早く知りたいんだよ! 兄さんは一体誰なの?」
「いや、しかし……」
「大丈夫だよ。今のところ戦況は落ち着いてる。むしろボクの方が落ち着かない」
「まあ、そうだね……」
現在、クラバック軍の残存兵力は砦内に立てこもっている。
砦に入れてもらえずはじき出された弱小貴族領の兵士達は、甲冑男が討ち取られたと見るや、一斉に投降した。
その後も負傷兵を中心に投降者が相次ぎ、日が傾く頃には、クラバック勢力は砦に立てこもったおよそ二百人ほどにまで激減している。
一方、後方で足留めされていた王都からの増援部隊がようやく到着し、女王軍の兵力は一千を超えた。夜明けに戦闘が開始された時とはちょうど真逆の兵力数だ。
周囲をかがり火に照らされ、新式弓銃を構えた兵に取り囲まれた砦は、まるで巣穴にこもる野ウサギのように、息をひそめて静まりかえっていた。
「……君が見たとおり、僕は魔法が使える。それも本来魔法の才能のない者が身につけられるはずのない高位魔法をね」
そう話すアスペンの表情は晴れやかとは言えなかった。どこか罪悪感に苛まれているようにも見える。
「実は、君と出会う少し前……僕はサイ名乗る少年と出会った。その時、彼から魔力を分けてもらったんだよ」
「サイが……? でも、どうして?」
スリアンはさらに混乱した。
魔力を他人に譲渡できるという話は、これまでただの一度も聞いたことがない。
だが、それが他言無用の禁術だという可能性もまったくないわけではない。
「彼は、魔力を失った多くの魔道士を助けるため、自らの魔力を分け与えていたらしい。そして、たまたま出会った僕にも、同じように魔力をくれたというわけさ」
「そんな……」
スリアンの脳裏に、一人の少年の姿が浮かんだ。
いつも寡黙で一人よがりなところはあったが、誰よりも真っ直ぐで優しい心の持ち主。その彼が、身を挺して仲間を助けようとしていた。
(サイ……君は、今どこで何をしているの?)
サイを思うスリアンの胸に、熱いものがこみ上げてくる。
「それで、サイから魔力をもらったことは他言無用だと言われていて……」
申し訳なさそうに話を続けるアスペンに、スリアンは首を横に振った。
「謝らないで。もしもそれが禁術なら、彼が口止めするのもわかるから」
微笑むスリアンに、アスペンも安堵の表情を浮かべる。
「それにしても、ヤケドの痕がないなんて驚いた。これも魔法?」
「あ、ああ、これはサイに教わった『変容』の魔法だ。見た目を変えられるんだ。本当はもっと使い道があるみたいなんだけど、細かいことはよくわからなくてね」
包帯に覆われて再び半ば隠されてしまった顔をわずかにそむけながらアスペンが苦笑すると、スリアンからも思わずクスリと笑みがこぼれた。
「でも、どうして? どうして見た目を変えたの?」
「ああ、それは……」
アスペンは言いにくそうに言葉を濁す。
「君に、僕の醜い姿を見られたくなかったんだよ」
「……ごめんなさい。そうだよね、当たり前だ。ボクがぶしつけだった」
今度はスリアンが恥ずかしそうにうつむいた。
つかの間気まずい雰囲気が流れ、それを吹き払うようにアスペンは話題を変えた。
「……そう言えば、あの突撃してきた甲冑の男、敵方の将軍だったらしいな」
「そ、そうなんだよ。わけがわからないよね……」
「……勇敢ではあったけど、戦の最中に敵将が自滅覚悟で敵陣に突っ込んでくるなんて、一体どういう神経なんだろうな?」
アスペンの疑問にスリアンもつられて首をひねる。
「うーん。指揮系統が崩壊するし、兵の士気も下がるよ。今になって敵兵がボロボロ脱落してるのはそれが原因だろうね」
「どうしてそんな策を!? クラバックは何を考えているんだ?」
「……もしかしたら、何も考えていないのかも」
「え?」
スリアンがふと漏らしたぼやきにアスペンは眉をひそめる。
「とにかくボクが憎くて、ただそれだけで暴走したような気がするんだ。ボクが、ふがいない女王だから——」
「そんなことはない!!」
かぶせ気味に否定され、スリアンは目を丸くする。
「君がふがいないなんて誰にも言わせないぞ。君は第一王女や先代女王陛下の代行としてとてもがんばってた。僕はそれをよく知っている! 君は、朝から晩まで国中を走り回り、国民の声聞き、トラブルの芽を摘み、時には危険を冒して犯罪を取り締まってきたじゃないか! それがどうしてふがいないなんて話になるんだ!?」
目を見開いたまま固まっていたスリアンは、やがて解凍されたようぎこちなく身動きする。
「どうして……それを兄さんが……?」
天幕のすき間から吹き込んだ風で炎が揺らぎ、ランプの芯がジジっと音を立てた。
そのかすかな音でようやく我に返ったスリアンは、今度こそ確信を持って目の前に立つ青年の真の名前を呼ぶ。
「……サイ?」
「……ああ。やっぱり君にごまかしは効かないか」
正体が露呈して苦い表情を浮かべるアスペン=サイ。
だが、その口調にはどこかせいせいしたような色がにじんでいた。
「サイ? どうして!? ええ? 一体いつから? それじゃあ兄さんは? アスペン兄さんはどこに?」
「とりあえず落ち着こう。言ったろ? ずいぶん長い話になるんだ」
サイは困惑してやたら腕を振り回すスリアンの手を取り、折りたたみ椅子に座らせる。
「最初に言っておくと、アスペンという人間は元から存在しない。僕がランスウッド家に入り込むために名乗った偽名だよ」
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