第243話 義兄(あに)の正体
ギャインッ!!!
激しい火花と耳をつんざく金属音が響き渡り、スリアンは馬上から吹き飛ばされた。護衛の騎士が間一髪で彼女の身体を抱きとめ、そのまま地面に倒れ込む。
「陛下!!」
「ボクは大丈夫だ! それより兄さんは!!」
スリアンと敵将の馬が激突して倒れ、もがきながら起き上がろうとするその向こうに、二人の人影があった。
ガランッ!!!
全身甲冑に身を包んだ大男はゆっくりと身体を起こすと、迷うことなく手にした長大な
甲冑の胸部は激突の衝撃で大きくへこみ、男は咳き込むと兜を脱ぎ捨て、ゴフッと血反吐を吐いた。
対する長身の青年も無傷ではなかった。
顔の半ばを覆う仮面は欠け、額の傷口から流れる血は頬を伝ってあごの先からポタポタとしたたり落ちていた。
「兄さん!!」
スリアンの叫びにも二人はにらみ合ったまま微動だにしない。やがて大男がすらりと背中に背負っていた大剣を抜き放った。アスペンも腰の短剣を抜いて低く構えると、左手を胸元に差し込んで何かを掴み、周囲に無造作にばらまいた。
放たれた物体は宙に浮かび、ブーンとうなりを上げながらアスペンの周りを飛び回り始めた。
「あれは……!?」
スリアンは信じられない光景に息を飲んだ。
魔法の才能は幼少期に発現しなければ後から身につけることは不可能とされる。そして、アスペンにその才はなかったはずだ。
スリアンと共に暮らした数年の間、彼が魔法を使うことは一度もなかった。
「それに……あれは〝鉄魚〟?」
このありふれた鉄製の調理器具を魔法の触媒として使う者など、雷の魔女とサイ以外に見たことがない。
しかもゼーゲルの魔道士の乱以来、ほとんどの魔道士は魔力を失ってしまった。
今もなお魔力を行使できるのは、スリアンの知る限りオラスピアの黒の魔道士とサイの二人だけのはずだ。
「一体どういうことだ?」
そうつぶやくスリアンを尻目に、二人の戦いは激しさを増していく。
大男は大剣の長い間合いを活かして攻撃の主導権を握るが、アスペンは鉄魚で巧みに剣をそらしながら反撃の機会をうかがっていた。
周囲では敵兵のほとんどが騎士団に制圧されつつあったが、大剣と鉄魚に阻まれて二人に近づくことはできない。
しかし均衡は突如崩れた。
大剣の猛攻を受け続けたアスペンの短剣が、鋭い音を立てて砕け散ったのだ。
武器の圧倒的な質量差を考えれば、ここまで持ちこたえただけでも奇跡的だった。
「兄さん!!」
アスペンは後方に飛び退き、鉄魚の壁で必死に大剣をかわすが、大男は容赦なく追い詰める。剣先がアスペンの肩をかすめ、鮮血が噴き出した。
だがアスペンは、大男のわずかな隙に空中に魔法陣を展開する。
「やっぱり……」
スリアンは思わずうなずいた。
あの多重魔方陣。まるで出会った頃のサイを彷彿とさせる。
(もしかして……)
次の瞬間、スリアンの予感は的中した。
大男が足を踏み出した瞬間、その足元の地面が激しく弾けた。大きくたたらを踏んだ男に向かって、空中の多重魔方陣は一斉に電撃を放つ。白い稲光が男の身体を包み込み、バチバチと激しくスパークする。
「フッ」
だが、まばゆい光がおさまったと同時に、
「効かぬ!! 雷など、我が鎧に通用すると思ったか?」
だが、状況はさらに変化する。
「動けないのか?」
大出力の雷撃を受けた鎧は各所で溶けて固着し、大男の動きは鈍くなっている。
「今だ! 一斉射撃!!」
アスペンが叫びながら飛び
一斉射撃の矢弾が鎧を穿ち、無数の血しぶきが舞う。
大男はガクリと膝をつき、その場にどうと倒れた。
血だまりが周囲に広がり、やがて男はピクリとも動かなくなった。
「ふーっ」
皆が大きく息をつくと、次々と武器を下ろしていった。
「兄さん!」
護衛に抑え込まれていたスリアンは、飛びつくようにアスペンに駆け寄った。
「早く手当を!」
彼女はみずからの
「平気だ、かすり傷だ」
「そんなわけない! こんなに血が……!!」
スリアンは仮面を強引にはずし、布切れで傷口を縛った。そして改めてアスペンの顔を見て息を飲んだ。
「サ……いや、え? アスペン兄さん? 本当に兄さんなの?」
彼の顔には、聞かされていたようなヤケドの痕はみじんもなかった。
「どういうこと? 真実を話してくれないかな?」
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