第241話 変わる風向き

「いいですか、最初にこの部分を開いて、次にこの取っ手を回します。少し固いですが、皆さんの腕力であれば問題ないかと……」


 アスペンはスリアンにより急きょ招集された騎士たちに向かい、新式弓銃の使い方を実演する。


「矢弾一発につきおおよそ一回転、取っ手で鉄バネを引き絞って発射のための力を弓銃に蓄えます。こっちの矢箱カートリッジには矢弾が十発格納されていますので、あらかじめ十回転以上回しておくことで全弾を連続発射できます」


 取っ手を回すと、カリカリと小気味よい音と共に重ねられた板バネが引き絞られていく。それを見ていた若い騎士が、疑わしげな目つきでアスペンに食ってかかった。


「戦場ではそんな悠長なことやってられん。突然目の前に敵が現れたらどうするんだ!?」


 スリアンが騎士を止めようとするが、アスペンは左手を軽く挙げて彼女を押しとどめ、矢箱を弓銃にガチャリと装着する。


「この動作だけでも一発だけなら発射できます。射程はかなり短くなりますが、すぐに応射できますよ」

「……ふむ、で、こいつの最大射程はどれほどなんだ? 弩弓とも張り合えるのか?」


 食ってかかった騎士とは別の、ひげをたくわえた騎士があごをしごきながら興味深げに問う。


「これは個人用の携帯武器ですから、弩弓兵の持つ弓ほどの射程はありません。ですが、一般弓兵の弓と同じか、それ以上には飛ぶと思います」

「ほう。騎士、歩兵を問わず、全員が弓兵となり得るのか!」


 ひげの騎士は顔をほころばせると手を差し出した。


「おもしろい、俺に一丁くれないか。これなら馬上でも使えそうだ。ぜひ試してみたい」


 その一言がきっかけとなって、ほかの騎士も次々と弓銃をもらい受けた。


「矢箱はとりあえず一人十箱支給します。こうやって腰に巻いて下さい」


 アスペンは別の木箱から皮のホルスターベルトを取り出してセットで手渡していく。ベルトには矢箱をしまう小さなポケットがいくつも付いている。

 こうして、タースベレデ王直騎士団は、またたく間に騎士にしてかつ強力な飛び道具を使う重装弓騎兵へと変貌した。





「カセッタ男爵領兵、全滅しました!」

「テントウ子爵軍、戦闘継続不可能。後退します!!」


 新たに二つの貴族領兵が総崩れになり、クラバックがかき集めた兵力はすでにその三割以上を損耗していた。

 女王軍の騎士はその機動力で高速で接近し、こちらの弓兵では届かないはるか遠方から確実に指揮官を狙い撃つ。こちらの歩兵が包囲する前にさっさと離脱し、運良く包囲が成功しても長剣や馬上槍を振り回して突破口をひらき、強引に離脱されてしまうためダメージを与えることができない。

 新式石弩の矢羽根のない太い矢は兵の体内に深く食い込み、即死者こそ少ないが、一発でも喰らうともはや武器を取って立ち上がることなどできなくなる。

 女王軍の遊撃隊に阻まれ、相変わらず小隊から中隊規模で分断されたままのクラバック軍には負傷者が続出し、もはや軍としての体裁を保てないありさまだった。


「クラバック様、ダメです! この戦は負け戦です。撤退をお考え下さい!」


 報告を受けた将軍は、苦渋の表情でみずからの主に進言した。だが、クラバックは額に青筋を立てて将軍の提案を却下する。


「馬鹿をぬかせ、この臆病者がっ!! まだ兵は半分以上も残っているではないか! いまだ女王軍の数倍の規模を擁しているのに、なぜ負け戦なのだ!?」


 そこからは意味をなさない罵詈雑言がひたすら将軍を襲う。

 将軍はうつむいてクラバックがまき散らす唾のしぶきに耐え、クラバックが息を吸うタイミングでぐっと彼を睨みつけた。


「兵の損耗率でお考え下さい。我が方は会敵した部隊の八割が死傷していますが、女王軍はいまだほとんど兵を失っていません。奴らの持ち込んだ新式の石弩は恐るべき代物です」

「ならば我々も弓兵を前線に出せ!!」

「射程がまるで違います! それに、女王軍は騎士だけではなく歩兵までもがあの石弩を使い始めました。時を経るほどに彼我ひがの戦力差は狭まり、間違いなくどこかで逆転します。そうなれば、もはや我々には全滅以外のみちはございません」

「ぬうう! 何のためにあの生意気な魔道士を謀殺したと思っているのだ!? こういう理不尽ないくさを避けるためではないか!!」


 将軍はため息をついた。


「もはや魔道士の存在だけが戦況を覆す秘策ではありません。恐らく、時代が変わったのですよ」


 だが、クラバックはそれでも納得しなかった。


「うるさい!! ならば少数精鋭だ。決死隊を募れ!! 敵の本陣に強行突入し、女王の首をはね飛ばせばよかろう!!」


 将軍はしばらく黙り込んだあげく、苦渋の表情でうなずいた。


「無謀な策ですが……しかし、これ以上兵たちの無益な死を減らすには、その方法しかないかも知れませんな」


 将軍の胸の内には、もはやあきらめと絶望感しか残されていなかった。


「では、せめて決死隊は私みずからが率いましょう」


 彼のことをよく知る副官は、その口ぶりに秘めた覚悟を悟り、唇を固く噛みしめると無言で絶望の涙をこぼした。





「アスペン兄さんが前線に出る必要なんてないよ。兄さんは商人じゃないか。ここにいてくれよ!」

「何を言ってるんだ?」


 クラバック軍が一気に後退したのにともない、本陣を前進させることになった。

 そこに当然のような顔で付き従おうとするアスペンをスリアンは慌てて押しとどめる。だが、アスペンは逆に呆れたような口調でスリアンを諭した。


「商人だからこそだよ。自分の売りつけた商品には責任を持たなくちゃいけないだろ? それに、この武器は新商品なんだ。いつ不具合が出ないとも限らない。それに対応できるのはたぶん僕だけだ」

「いや、弓銃これを提供してもらえただけでもう充分だよ。万一兄さんに何かあったらランスウッド商会はどうなるんだよ?」

「別にどうにもならない。義父ちちは僕以外にも優秀な子どもを何人も養子に取っている。そのうちの誰かが代わりに当主になるだけだ」

「そんな!」

「それにね、僕も今回の戦には少し思うところがあるんだ。何年もかけて地道に信用を勝ち取り、この時のために準備を重ねてきた」


 アスペンが急に不思議なことを言い出し、スリアンは困惑する。


「それってどういう……?」

「ああ、君が気にするようなことじゃない。個人的な事情でね。ともかく、僕はスリアンと共に前線に立つ」


 アスペンは宣言してかすかに口元に笑みを浮かべるが、その表情は顔の半分を覆う仮面に隠され、すべてを推し量ることはできなかった。


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