第238話 魔女の願い
「圧倒的戦力差じゃないか!」
上空を旋回する鷹の目を借りて戦場の布陣を見渡しながら、サイは悲鳴のような叫び声を上げた。
『そのようですね。このままでは女王陛下はかなり危険——』
「なあ、君は原初の魔女で創造主なんだろ? 今すぐ僕をあそこに転移——」
『簡単におっしゃらないでください。あなたもよーくご存じの通り、この世界の魔法は支援衛星とAIの力を借りた、タネも仕掛けもある一種の
「原初の魔女がそんなケチなことを言うのか! 前に僕やスリアンを異世界に送り込んだり、召喚したりしたじゃないか? 単なる場所の移動がそんなに難しいのか?」
『あれは管理機構の仕事であって私のしわざではありません。それに、異世界転移・帰還のリスクはよくご存じでしょう? 気軽に頼れる物じゃありませんよ』
「時間の流れが違うことか? タイミング良く戻れないことか? それとも——」
『それもありますが、あなたが陛下を避けている理由が最大のリスクです。その可能性を許容できますか?』
サイの勢いがピタリと止まった。
魔女はサイの視界を元に戻し、彼の瞳をじっとのぞき込む。
『人の気持ちは移ろうものです。異世界で十数年を過ごした。その経験が、陛下があなたに対して抱く思いに大きな変容をもたらしたのではないか。あなたはそれを恐れているのですよね?』
サイは答えることができなかった。
だが、その沈黙こそ、魔女の指摘が当を得ていることのあきらかな証明だった。
『何度も裏切られ、あるいは強制的に引き裂かれ、あなたが他人との深い付き合いに大きなトラウマをお持ちなのはわかります』
「……」
沈黙を続けるサイに、女神は取りなすように続ける。
『ま、幸いにして、あなたが今現実世界で座っているその椅子は、この世界でヤーオ族と呼ばれている異世界人がかつて設置した、彼らの世界線に繋がる転移装置です』
「な……ヤーオ族は異世界の?」
『今はその話は置いておきましょう。それより、私なら装置を操作することはできますが、異世界を経由して戻って来る接点は時間軸を十数年さかのぼった過去、あるいは十数年未来の同じ場所になるでしょう。都合良く現時点の陛下の陣に現れるなんてことはできませんよ。それに——』
「それでもいい! さすがに、過去か未来かくらいは選べるんだろ?」
『ええ』
「だったら過去に転移して、僕が自力でここから這い出して、自力で移動すればいいだけだ! 頼む! 僕を過去に送ってくれ!」
『最後まで聞いて下さい。あなたの持つ魔法結晶は同時代に存在するもう一人のあなたの持つそれと
悩むまでもなかった。サイは即座に首を縦に振る。
『最後にもう一つ。あなたを過去に送り届ける代償として、私の願いも叶えて下さい』
「この世界から魔道士をなくす、という?」
『ええ』
「どうすればいいんだ?」
気がつくと、サイの視界はいつの間にかあの白い部屋に戻っていた。
サイは天井を見上げて魔女に問う。
『魔法衛星に宿るあなたの友人の人格がなぜ一度きりしか表に出てこなかったのか。機能停止から復活したはずのアーカイブが、なぜ元のように全ての魔道士に等しく魔法支援を行わないのか。考えてみたことはありますか?』
「は?」
サイは思いがけないことを聞かれて言葉に詰まる。
「それが何か関係が?」
『ええ。もう、余裕がないんです』
「余裕?」
『魔法衛星もアーカイブも、本来の設計寿命を遙かに超えて運用されてきました。すでに多くの不具合を抱えているのです。恐らくどちらも、そう遠くない未来に機能を停止するでしょう』
「え!?」
『この世界は、その瞬間に魔法という、神からのギフトを失います。魔道士によって支えられていた各国の治安や、王権の維持にも支障がでてくるはずです』
サイの周囲にチラチラと光の粒が舞い始め、彼は転送装置が起動したことを悟る。
『あなたに差し上げる十数年という時間を、そのための準備に費やして下さい。魔法が世界から消えても、この世界が大きな混乱に陥らないように備えて下さい。それが、私の願い。魔道士がいなくても、平和に営まれる世界を……』
「……ひとつ聞いていいか? その場合、君はどうなるんだ?」
返事はなかなか戻ってこなかった。
サイの周囲が光に包まれ、いよいよ転送というその瞬間、言葉ではなく、ひとかたまりの思念がサイの脳裏に差し込まれる。
〝この世界のすべてを、この世界に生きる人々に託します〟
それは、何千年も生きた人工の魔女の、純粋な想いの結晶だった。
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