第236話 原初の魔女

「え、いや、そもそも世界なんて創れるんですか?」


 ようやくその一言を絞り出したサイに、アッシュは何でもないことのように無造作にうなずいた。


『サイプレス、あなたは一時期、周辺諸世界の一つに滞在していましたよね?』

「え? ああ、はい」

『その世界には、ネットワークとコンピュータテクノロジを利用した仮想現実世界のゲームがありましたよね?』

「あ、VR系のオンラインRPGですか?」

『ええ、アレの上位バージョンとでも思っていただければ』

「いや! 全然違うでしょう!」

『違いませんよ。精密に設計された世界のことわりと、それを展開して稼働できる空間、参加するプレーヤー、そして世界を維持できるエネルギーがありさえすればいいんです。人工物だとか自然発生だとか、そんな違いは些細ささいなものです』

「いや、しかし——」

『まあ、そのあたりの原理は端折はしょりますが——』

「端折るんですか!?」

『ええ。ともかく、周辺諸世界線の安定のために、高位次元空間にある程度の次元質量……まあ、これもたとえになりますが、〝心棒〟のような存在がどうしても必要だったのです」

「……はあ」

「で、ガワを創れば当然中身も欲しくなるわけで、それを創ったのが何を隠そう、この私——』

「えっ!!」

『まあ、周辺諸世界から提供されたテクノロジーと人的リソースを適切に配置して、何千年か運用した結果に過ぎないんで、それほど自慢できる話ではありませんが……』

「……あの?」


 アッシュの口から飛び出してくる単語はサイには半分も理解できなかったが、ひどくザックリとらえるなら、それはまるで……


「創造神?」

『あー、それそれ。だいたいそんな感じですね』


 アッシュは説明の手間が省けたとばかりにポンと手を打つと、カップをかちゃりとお皿に戻して身を乗り出した。


『ご理解いただけて嬉しいです、サイプレス』

「いや、全然理解してませんけど。で、まあ、その、創造神にして原初の魔女様が、僕なんかに一体何の用なんですか?」

『ああ、そうでした。サイプレス、あなた、よかったら私の仲間になりませんか?』

「はぁっ!?」

『だってあなた、今、孤独でしょ?』

「な、んだって!?」


 すぐに否定できず、サイは一瞬言葉に詰まった。


『ずっと見てました。婚約者に裏切られ、周辺諸世界で縁のできた女性とも……まさか彼女が支援衛星システムの開発者とは思いませんでしたが。そして、今やタースベレデ女王との間にも深い溝が――』

「待ってくれ、僕は――」

『私の目を見て、はっきり否定できますか? 山の中の砦にこもって一向にタースベレデ王都に出向こうとしなかったのはなぜですか?』


 サイは顔をそむけてふて腐れるように黙り込んだ。一方、アッシュはサイの反応を見て、話題を変えようとふんと小さく息を吐く。


『この世界……周辺諸世界の都合で作り出され、常に干渉を受け、都合良く実験場にされてきた世界。あなたはどう思います? 異常だとは思いませんか?』

「どうって……魔法のこと? 物心ついてずっとそれが当たり前だったから、特に何とも……」

『でも、あなたはもう、それが不自然な力だと気づいている。違いますか?』


 たたみかけるようなアッシュの言葉に、サイはうなずかざるを得なかった。


「魔法を支援する衛星が空を巡り、図書館都市の地下には魔法使いを管理する超AIが潜んでいる。そして君。恐らく君も人工物なんだろ? でなきゃ何千年も生きちゃいない」


 アッシュはあいまいに微笑んだまま答えない。


「……確かに、この世界の文明水準からしていびつだと思う」

『そうですよね。察しが良くて助かります』


 アッシュはようやく我が意を得たりというように大きくうなずいた。


『実を言うと、この世界を構築したとき、周辺諸世界から大量の移民を受け入れたんです』

「……何のために?」

『この世界の立ち上げと維持管理のために人手はいくらでも欲しかったですから』


 アッシュは当たり前のことのようにさらりと言う。


『もちろん、それぞれの世界線が自分たちのテクノロジーを大量に持ち込んでいました。魔法衛星も図書館マヤピスの人工知能もその名残です。ですが、故郷の世界が消滅したり、行き来ができなくなった時点でほとんどの技術は維持できなくなり、やがて時の彼方に忘れ去られてしまいました。バックボーンを失った文明はしだいに衰退し、一旦原始時代レベルまで落ち込んだ後、ようやく持ち直した……というのがこの世界の現状です』


 アッシュの独白はサイがこの世界についてうっすら抱いていた違和感を浮き彫りにする。


「じゃあ、この世界の人達は全員……」

『ええ、周辺諸世界からの移民のなれの果て、です』


アッシュはそれきり黙り込み、ゆっくりとお茶をすするばかりだった。

 長い沈黙の末、サイはようやく一言を紡ぎ出す。


「で、あなたは僕に何をさせたいんです? まさか、アーカイブみたいに融合を迫ったり——」

『いいえ、私の望みは、この世界からあなた方のような魔道士の存在を消し去ることです』

「え!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る