第十章

第235話 サイ、世界の真実に至る

「それにしてもこの雰囲気、前にもどこかで……」


 この世界の文明水準とは明らかにかけ離れた様子に、サイはかつて訪れたことのある、図書館都市マヤピスの地下診療所を思い出した。

 大ケガを負ったシリスや前女王セイリナの治療にも使われた全自動治療機。高性能AIアーカイブが使役するハイテクの塊が置かれた部屋もまさにこんな感じだった。


「だとすると、ここも……?」


 遺棄された鉱山の地下になぜこんな物が? そんな疑問が浮かんだところで、サイは自分の手足がまったく動かせないことに気づいた。


「あれ?」


 サイにはもはやこの空間が現実なのか、幻なのかも良くわからない。

 不意に目の前にもやがかかったように視界がかすみ、全身が酷い脱力感に襲われた。


「くっ!」

『……抵抗しないで下さい。同期シンクロが阻害されます』


 サイは突如脳内に響き渡った女性の声に驚いて身じろぎをやめる。


『そう、全身の力を抜いてリラックスして。すぐに終わります』

「……君は?」

『……あと数十秒お待ちくださいな。すぐに説明します』


 そんな声と同時に、目がくらむような彩色のノイズがチカチカとまたたく。眼球を刺すようなまぶしさに思わず顔をしかめたサイだったが、ノイズはすぐにおさまり、やがて真っ暗な背景から浮かび上がるように三桁の数字が現れた。

 視界の大半を覆うような巨大な数字はまたたく間に値を減らし、ゼロが表示されて目の前から消えると同時に、まるで瞬間移動でもしたように周りの風景が切り替わった。


同期シンクロが完了しました。もう立ち上がっていただいても構いません』


 背後から声をかけられてゆっくりと目を開く。


「ここは……魔女の塔!?」


 タースベレデ王宮のそば、王直騎士団の宿営地内の外れに立つ魔女の塔。雷の魔女トモコから引き継ぎ、しばらくの間住処すみかとした塔の内部にサイは立っていた。


『あなたが見知った場所のうち、私たちのデータベースにも合致する風景を投影しています』


 サイはいつの間にか、魔女の塔の最上階に作り付けられていた皮の寝椅子に腰掛けていた。


「これ、本物?」


 サイは寝椅子の手すりの感触を確かめながら思わずつぶやく。


『いえ、リアルタイムの風景を直接脳内投影しています。もちろん、実際にその場に行くことも可能ですが……』

「え?」


 驚いて振り向くと、そこには灰色をベースにした近未来的なデザインのワンピースを身にまとう、十五、六歳ほどの少女が立っていた。


「初めまして。私はこの世界における原初の魔女、名をアッシュ・ユグドラシルと申します」

「あ? え? ええと、僕は——」

『サイプレスですね。あなたの活躍はよく知っていますよ』


 彼女はいたずらっぽそうに黒い目をニコリと細めた。


『才気にあふれた我が子孫に会える機会が訪れることをずっと待ち望んでいましたから』

「え? 子孫?」

『ええ』


 アッシュと名乗った少女はやわらかい表情でうなずくと、部屋の片隅に置かれたティーテーブルにサイをいざなった。


『座って。まだ少しだけ時間があるから。詳しく説明いたしましょう』





「陛下、偵察兵からの報告が——」


 天幕に駆け込んできた兵士がスリアンの姿を認めて大声を上げた。


「うん、続けて」


 地図を広げ、中隊長ら幹部と陣形を確認していたスリアンは、右手を挙げて兵士をうながす。


「は。クラバック軍はオラテ川源流の双子湖を山側から回り込んで隣接のプライ子爵領に侵攻。現在、子爵領はほぼ全域がクラバックの制圧下にあります!」

「プライ子爵? 確か彼はクラバック派閥からの離脱をわざわざ報告しに来たはず——」

「おそらく、それを理由に最初の目標に選ばれた可能性があります」

「なんだよ、逆恨みかぁ」


 スリアンは呆れて椅子の背もたれに倒れ込んだ。

 現状、スリアンの率いる討伐隊は、王直騎士二百名と、彼女を王宮から連れ出した元異世界兵数人、そして鎮守台から借りた兵士二十名の総勢二百二十五名で構成されている。

 鎮守台に残った半数の兵は、引き続きサイの捜索にあたると同時に、山賊の残党がクラバックに呼応して動き出す可能性を警戒して山中の見回りに当たっている。


「子爵領の兵もクラバックに徴発されたようで、反乱軍は現在二千名ほどにふくらんでいます」

「うーん、さすがに二千はちょっと多いか。今のボクらの兵力だと反乱軍が次の目標に向かわないよう足留めするのが精一杯……いや、それすら難しいか。まともにぶつかったら一瞬で蹴散らされるね」

「ええ、しかし王都からの援軍はどんなに早くても明日の深夜、あるいは明後日の朝になります」

「……こんな時にサイがいてくれたらなあ」


 グチってもどうにもならないが、そんな言葉が思わず口をついて出る。

 麻薬組織の摘発、サンデッガとの戦争、そしてゼーゲルでの対魔道士戦を含め、これまでスリアンは定石通りの戦法をとったことは一度もない。

 常に少数精鋭での電撃戦を得意とし、足りない兵力はサイの魔法による大火力で補っていた。

 だが、今回はお互い同程度の武力がぶつかり合う。そこでの強弱を決めるのは、純粋に兵の頭数だ。


「サイ、無事でいるかなあ」


 目の前の戦に集中するべきだと理性ではわかっているのに、どうしてもその思いがスリアンの頭を離れなかった。





『サイプレス。あなたはこの世界線の成り立ちについて、どの程度理解していますか?』


 小さなティーテーブルを挟んで向かい合わせに座る。アッシュはどこからともなくティーセットを召喚し、カップに飲み物を注ぐとサイに差し出した。


「……詳しいことは何も知りません。ただ、いくつもの世界線が自分たちの世界の存在をこの世界線に依存していること、だとか」

「……だとか?」

「あとは、この世界線を維持するための組織があって、いくつもの世界が……例えば魔法衛星とか、アーカイブと呼ばれる高度な人工知能とか、クローン人間とか、そういう物をこっそり持ち込んでいることくらいしか——」

『素晴らしいですね。ぶっちゃけ、それでほとんど全部です』


 アッシュは優雅な仕草でカップを持ち上げ、唇をつけながらニッコリとほほ笑んだ。


『あと一つ、欠けているピースがあるとすれば、そもそもこの世界そのものが人工物であること、くらいでしょうか』

「え!?」


 何でもないことのように軽い口調で超特大の爆弾を放り込んできたアッシュ。サイはあまりの驚きに、口を半開きにしたまま硬直した。

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