第229話 式典の準備

 

 

 坑道の入口に崩れ落ちた土砂や岩は膨大で、およそ人の手で取り除ける量ではなかった。

 サイは、奪った長剣の切っ先を重なり合う岩のすき間に突っ込んで、テコの原理で力まかせにこじってみる。

 だが、天井までみっちりと積み重なった岩はびくとも動かず、さびた剣は数回試しただけで根本からポッキリと折れてしまった。


「……んだよ、これ! マジでガラクタじゃないか!」


 サイは舌打ちすると、折れた剣を腹立ちまぎれに放り投げた。

 だが、これほどがっちり生き埋めにされた割に、いまだ息苦しくもならない。


「空気が出入りする程度のすき間はあって、どこかで外部とつながっているのか?」


 思い直したサイは、苔むした坑道の壁や天井を端から端までくまなくつついて脱出路を探すことにした。

 だが、今も削り痕がくっきりと残る壁面はほとんど風化しておらず、はるか昔に打ち捨てられた鉱山とは思えないほどしっかりしていた。

 それどころか、人はおろかネズミ一匹這い出るすき間すらない。壁をぶち抜いて脱出することなど、とうてい無理そうだった。

 一方で、地面の方は思ったよりやわらかかった。

 ふかふかと腐葉土を踏んでいるような足触りで、体重をかけて剣先を押し込んでいくと、刀身の半ば近くまで簡単に埋まる。長年の間に外から吹き込んだ土砂が分厚く積もっているらしい。


「希望があるとすれば、下か……」


 サイは魔法結晶の放つ淡い光を頼りに、地面を一寸刻みに串刺しにする作業をはじめた。

 それからいったい何時間過ぎたのか。恐らく外はとうに日が暮れているだろう。

 同じことをひたすら繰り返し、いいかげん腕が痺れて感覚がなくなってきた。そろそろ虚無感を感じ始めたところで、唐突にガツンという手応えがあった。


「おっ!!」


 坑道の一番奥あたり。岩にぶつかったような硬い手応えではなく、その先にさらに空間が広がっていそうな、妙に手に響く感触だった。


「何だ?」


 改めて、周囲の地面をざくざくと突き刺してみる。

 顔を寝かせてじっと観察すると、その部分だけ地面が盛り上がっており、何かが埋まっているのは間違いない。正体は不明だが、大きさもそれなり……下手すれば二人乗りの小型馬車ほどはありそうだ。


「……大きな宝箱? それとも扉? 地下通路の入口とか?」


 長剣をツルハシのように使い、ほぐした土を両手で取り除く。一刻ほどひたすら同じ作業を繰り返したところで、まるで陶器のようなつるりとした手触りの、盛り上がった物体が見えてきた?


「何だこりゃ? 大きな壺?……もしかして棺桶だったりしないよな?」





「こちらが式次第となります」


 大臣がうやうやしく差し出す巻紙を、スリアンはソファの背にだらりともたれかかったまま、見るからにやる気のない素振りで受け取った。


「陛下、お気持ちはお察ししますが、他国の貴賓や有力貴族も参列します。本番でそのだらけっぷりはご勘弁下さいませ」

「わかってるよ。ボクだってバカじゃない。せいぜい理知的な女王を演じてみせるさ」

「演じ……まあ、陛下がよろしいのであればそれでも結構ですが」

「で、サイからの返事は?」

「ございません、ですが……」

「ですが何?」

「はい。どうやら鎮守台の兵たちもゴールドクエスト閣下を探している様子で」

「どういうこと?」

「ええ、数日前から行方が――」

「なんだって!?」


 スリアンはバネじかけの人形のようにソファから身を起こした。


「いつものように単独で偵察に出られたのだそうです。ただ、予定の時間になってもお戻りにならなかったとかで」

「一大事じゃないか! どうしてすぐに報告して来なかったんだ?」


 いきりたつスリアンに大臣は声をひそめて首を振る。


「おいそれと外に出せる情報ではございません。伝書鳥では何者の目に触れるか分かりませんゆえ、早馬でつい先程連絡が」

「よし、すぐに――」

「なりません陛下。式典をすっぽかすなど」

「でもサイがっ!」

「捜索のために一個中隊を南に向かわせました。式典が終わるまではご辛抱下さいませ」


 先回りされてそこまで手配されてはそれ以上反論しにくい。

 スリアンとて、今日の式典の重要性は理解していた。

 戦役の終結と国の安定、そして叙爵と恩赦を通じて新女王の威厳と寛容さを国内外に広く示すのが式典の目的だ。ある意味、即位式よりはるかに重要かもしれない。


「せめて、もう少し捜索に人手をさけないかな?」

「無理でございます。これ以上は式典の警備が手薄になります」

「でも……」

「これが第三者の企みだった場合、狙いはまさに陛下がそのように判断することにあるのではないかと」


 大臣の言葉に、スリアンは眉をひそめて黙り込んだ。

 すぐにでもサイの元に飛んでいきたい気持ちは本当だ。そこにうそはない。

 だが、一方でスリアンは異世界での生活で彼のことを完全に忘れていたという負い目を感じている。

 サイがこの世界と異世界を往復しても自分の記憶を手放さず、かつての婚約者メープルのことをずっと忘れずにいたのとは対照的に、自分はこの世界のことをまったく覚えていなかった。

 身体が再構成された際に記憶があいまいになるのはむしろ普通で、記憶を完璧に維持できたのはむしろサイの異能だからと慰められたが、スリアンは自分がとても薄情な人間のように思えて仕方ない。

 そんな気持ちがスリアンの行動を鈍らせ、女王即位の慌ただしさを言い訳にしてサイに会いに行くことを先延ばしした。

 スリアンはそんな自分の臆病さを猛烈に悔いていた。


「ボクがのんき過ぎた。すぐにでも会いに行けば良かった」


 そんなスリアンのつぶやきを、大臣はあえて聞こえないふりをして彼女に準備をうながした。

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