第225話 新女王、仕掛ける
スリアンが女王に即位して、今回で三度目となった月例の御前会議。
この会議でタースベレデの方針が決まるとあって、今回も王宮の大会議室は八割方の席が埋まっていた。
現在空席なのは、現在空位になっているゼーゲル領の領主、今まさに討伐作戦が進行中の南部辺境鎮守台総監。そして、うわさだけがまことしやかにささやかれる女王の婚約者、つまり将来の王配候補の席の三つだった。
スリアンは空いた席を不満そうなしかめっ面で見やると、小さくため息をついて正面に視線を戻す。
「さて、では今月の会議を始めたいと思う」
スリアンのかけ声と共に文官が進み出て、まずは国の経営状況について報告がなされる。
「……というわけで、サンデッガとの戦役勃発以来、長らく出血の続いていた国庫について、先月ようやく単月黒字を達成しました。また、戦役の後始末としては、王宮をはじめとした各施設の修復はすべて完了し、騎士団や各地方軍の体制もほぼ以前の水準に戻っております」
「そんなことより、ゼーゲルの状況についてはどうなんだ!?」
反王宮派の代表格、クラバック侯爵が待ちかねたように問題提起の声を上げる。
「ゼーゲルについては陛下の即位以来、ここ三か月連続で大きく収益を延ばしております。復興が一段落して出費が大きく減ったこと、ゼーゲル湾湾口の沈船が魚礁として機能し、海産物の水揚げが伸びたこと、港の拡張に伴って貿易船の寄港が増え、入港税や貨物の取扱量が増えたことが主な理由です」
「なるほど。一時はどうなることかとヒヤヒヤしたが……」
クラバックはニヤリとほくそ笑むと、自慢のあごひげをしごきながらさらに発言する。
「女王陛下におかれましては、そろそろゼーゲルの正式な領主を指名されてはいかがかな? 未熟な魔法使いが逃げ出した穴を早急に埋める必要がありましょうぞ」
「うん……そうだね」
スリアンは無表情に首をたてに振ると、ゆっくりと一同を見渡した。
「では聞こう。貴殿らの中に我こそはと名乗り出る者はいるかな? なお、ボクから新領主にお願いが二つある。これを達成することがゼーゲルを任せる上での最低条件だ」
そのまま背後に控える文官に小さくうなずくと、細かい数字の記された皮紙の束を参加者それぞれに配布させた。
「かつて、君たちがそろって声を上げ、前女王に
書面に目を走らせた貴族達から、信じられないといった様子のどよめきがあがる。だが、スリアンは構わず話を続けた。
「二年間で三万戸の建物を修復し、桟橋を拡張し、国外から……具体的には大陸南岸のペンダス、ルクレチア双方から大店の支店をいくつも誘致した。がれきの山から立ち上げたにしては決して悪くない実績だね。まあ、二年目の後半は勢いが落ちたみたいだが、なぜか彼が退任してからまた勢いが戻っている」
ざわざわと小声でささやき交わす貴族たち。クラバックに対し小声で説明を求める者もいる。
「ところで……」
スリアンは薄く笑うと、クラバックの顔をじっと見つめる。
「貴殿らは連名で、無能な領主としてゴールドクエスト伯を告発したと聞いたよ。
「いえ、我々の調べでは、かの領地はもはや破産待ったなし……一領地ではとても返しきれないほど莫大な借財があると——」
クラバックはハンカチで額に浮いた汗をおさえながら反論するが、スリアンは皮肉な笑みを崩そうともしない。
「へえ、一体どんな調べをしたんだろう? 確かに借入の額は多い。だが、債権は隣国オラスピアとマヤピスの信用裏書き付だよ。万一の場合は二国が無条件で借金を肩代わりするという破格の保証がついている」
「ええ……まさか!?」
「その上、十年という長期の償還で、払うべき利子もほんのわずかだ。誰かが余計な横槍さえ入れなければ、前倒しで完済できる見込みすら立っていたようだけど?」
スリアンは顔色を悪くしている貴族たちの顔を順にゆっくりとねめつけると、テーブルにパサリと皮紙の束を放り出した。
「ボクが新領主に求めるのは、二年間で彼の功績を越える業績を保証してくれるという約定だ。あわせて、借財の全額借り換えを行うこと」
「「え?」」
貴族たちはスリアンの口から飛び出した思ってもみなかった条件に同様に戸惑いの声を上げた。
「さきの二国は、〝ゴールドクエスト伯が領主である限り〟という前提条件で資金提供したんだってさ。ならば、新領主にも当然それだけの信用を期待したいよね」
「……バカな!」
そうつぶやいたクラバックの指先がブルブルと震えるのを、スリアンはつまらなそうに眺めながら話を締めくくる。
「さ、誰がやる? あれだけ声高にゴールドクエスト伯を糾弾したんだ。みんなさぞや自信があるんだろ? ねえ? クラバック」
名指しされたクラバックが大きく目を見開いたまま顔をこわばらせる。だが、唇の震えをこらえるように堅く口を引き結び、一言も発することができなかった。
「まあいい、会議終了後、貴殿らを一人ずつ招いて個別に話を聞くことにしよう。
「は、では、本日欠席の南方辺境鎮守台より報告を」
「読み上げてくれる?」
「は」
文官は新たな皮紙の巻きを盆から取り上げると、ゆっくりとした動作で封を開く。室内は、カサカサという皮紙のこすれる音が響くほど静まりかえっている。
「〝鎮守台総監サイプレス・ゴールドクエストより、多忙につき会議欠席を深謝す。あわせて先月の報告以来、本日までの戦果を報告す〟」
「続けて」
「は、〝旧ドラク帝国の残党と思われる山賊団を三つ制圧、賊徒およそ四百を捕縛。麻薬六十袋、白金二百、金八百、銀五百、その他武器武具を多数押収〟」
「へえ、相変わらずやるねぇ」
スリアンは口角を持ち上げると、改めて目の前の貴族たちをゆっくりと見渡した。その後すいと視線をそらし、壁際に控える背の高い騎士と目を合わせる。
「王直騎士団長に訊ねる。君は鎮守台総監の功績をどう評価する?」
「申し分ありませんな。わずか五十ほどの兵で為し得ることではありません」
現在の騎士団長はかつてタースベレデ王宮の攻防戦でサイと共にサンデッガ兵と戦った人物だった。彼はサイにも同情的で、またサイの操る魔法の恐ろしさを間近で見た経験がある。
「では、陸軍大将、どうだい?」
スリアンは次に隣に立つ筋骨隆々の大男に目を向ける。
「いやはや、末恐ろしい魔道士かと。年齢に似合わぬ指揮の才もそうですが、言うなれば彼自身が強力な魔道兵器ですからな」
「……だってさ、クラバック。ゴールドクエスト伯が万一妙な気を起こしたら、一体この国の誰が彼を止められるんだろうね?」
会議の始まる前までゼーゲル領を手に入れる気満々でニヤニヤ笑いをおさえられなかったクラバックは、今や青を通り越してどす黒く変色した顔色でじっと俯くことしかできなかった。ダラダラと額に流れる脂汗を止めることすらできない。
クラバックは、サイと実際に戦場で肩を並べたことはなく、もちろん彼の魔法をその目で目撃したこともない。会話を交わしたこともただの一度きりだ。
自信なさげに笑う、領主としての資質に欠ける痩せた
クラバックのサイに対する評価はせいぜいその程度だった。
とても真実と思えない馬鹿げた噂はいくらでも聞いていたが、スリアンの背中に隠れていた、取るに足らない子どもだと思っていた。
実際、ゼーゲルの統治についても、サイは自分一人で政策を決めることはまれだった。クラバックにはそれが、常に誰かの知恵を借りながら自信なさげに
(……見誤ったか)
周囲の貴族の責めるような視線にさらされながら、クラバックはきつく唇を噛んだ。
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