第224話 山賊退治の少年

「サイ、元気そうだな。すっかり日焼けして」


 澄んだ山の空気を震わせ、砂利をはね飛ばしながら力強く斜面を駆け上がってきた大型の電動オフロードバイク。スタンドを立て、ヘルメットを脱いだナオは迎えに出たサイに向かってニコリと白い歯を見せた。


「こんなところまでわざわざすいません。迷いませんでした?」

「ああ、アーカイブの支援があるからどこだって迷いはしないけど、さすがにこのガレ場をバイクで登るのはしんどかったな」


 馬でも嫌いそうな砂利だらけの荒れた林道。荷物を満載した二輪でここまで登ってくるのは確かに神経を使いそうだ。


「で? 状況は?」

「ええ、先日大規模な山賊団のアジトを三つほど潰しました。恐らく、ドラクの残党はこれでほとんど一掃できたと思います」

「なるほど、新女王の治世もこれでいよいよ安泰だな」


 ポンポンと肩を叩かれ、サイは複雑な笑みを返した。


「で、どうですか? スリアンの評判は」

「うん。譲位が発表されて数か月は混乱してたけど、今じゃすっかり落ち着いたな。二年間の遊学で驚くほど指導力カリスマがアップしたと評されている」

「そりゃそうでしょうね。実際は異世界で十六年も修行してたわけですから」


 そう。スリアン不在の二年間は、新女王就任のための留学期間だったと説明されていた。




 この二年の間、サイもそれなりに努力した。おかげでゼーゲルの街はほぼ完全に復興した。

 サイは、砲撃を受けてほとんど更地になった状況を逆にチャンスと考え、オラスピアのユウキに知恵を借りて一から都市計画を練り直した。

 無秩序に広がった非効率な町割りをレイアウトし直し、街路や広場を計画的に再配置した。

 港を中心に周辺都市に続く街道もタースベレデ風に瀝青舗装アスファルトで整備し、単なる港町だったゼーゲルは今や大陸北部の一大物流拠点に変貌しつつある。

 だが、そんなサイの試行錯誤をまっとうに評価する貴族は少数派だった。

 それまで、旧敵国内の辺境の飛び地ととらえ見向きもしなかった有力貴族たちは、ゼーゲルが復興し、発展し始めるととたんに目の色を変えた。

 サイが今も領主【代行】の立場であることをいいことに、ことあるごとに女王に正式な領主を定めるべきだと進言。ついては、自らがいかにその任にふさわしいかを主張する。

 直接間接の圧力はサイにも及び、スリアンの後ろ盾を失ったサイは苦しい立場に立たされた。


「結局、あそこでいくら粘ったとしても、遅かれ早かれ追い出されたと思います」


 サイは苦い口調で吐き捨てる。それほどまでに貴族たちの圧力は凄まじかった。

 軍事力でゼーゲルにかなわないと見るや、通商路の閉鎖や関税のつり上げで街に物資が届かないように工作し、ゼーゲルを経由する商人には自領内の通行証を発行しない嫌がらせを行った。

 元女王はなんとか仲裁しようと手を尽くしてくれたが、もともとタースベレデは考えも出自も異なる交易商人が呉越同舟ごえつどうしゅうで作り上げた連合国家だ。前女王の持つカリスマでどうにかまとまっていただけで、おたがい権謀術数けんぼうじゅっすうの限りを尽くして足を引っ張り合うのはタースベレデ貴族の本能のようなものだ。

 お人好しでその方向にうといサイに太刀打ちできるはずもない。

 港町ゼーゲルは物流の拠点であり、物資が滞ればまたたく間にその存在価値を失う。

 商人と物資の往来が途絶えれば再び廃墟になりかねず、サイは街を守るため、苦渋の決断として身を引くしかなかった。

 領主代行の地位を先代女王に返上し、これまで誰ひとり手を付けることのなかった辺境鎮守の任を受けてブラスタム山脈に引きこもったのが半年ほど前。

 スリアンがこの世界に戻ってきたとき、サイはすでにゼーゲルを遠く離れていた。実質、追放に近い。


「あれ以来、スリアン陛下には会ってないんだろう?」

「会わせる顔がありませんよ。僕はゼーゲルから逃げ出してしまいましたし、恐らく僕のことなんかもう……」

「……確かに、スリアン陛下が君の名前を出したという話は聞かないけどな」


 ナオはため息をついた。





 こんな山奥の砦にも、時に吟遊詩人は訪れる。

 彼らの吟じるスリアン女王の描写は、姿を消す前よりさらに凜々しく、かつ女性らしく成長した姿だ。

 恐らく、身体年齢は二十歳なかば。

 だとすれば、異世界で目覚めた時、スリアンは恐らく七〜八歳ほどだったはずだ。記憶を一切失わずに巻き戻しが成功していたとしても、その後の十六年間で当時の記憶などとっくにかすんでいるだろう。

 サイ自身には物心ついた三歳以降の記憶が今も鮮明にある。だが、自分が異常な記憶力を持っていることは自覚している。他人に同じことが期待できないことも。


「で、ドラク残党の討伐がすべて終わったら、君は一体どうするつもりなんだ?」

「そうですね。僕にとって、故郷と思える場所はもうこの世界のどこにもありません」

「ふむ。だったら、この世界にこだわる必要もないよな」

「え?」


 ナオは半分投げやりなサイの言葉に小さくうなずくと、予想外の提案を口にした。


「山脈の南側に砂漠地帯が広がっているのは知っているよね」

「……タンギール砂漠ですよね」

「ああ、そして、砂漠の真ん中にユヅキという大族長が治めるオアシスがある」

「聞いたことがあります。確か、シリスとセラヤはユヅキオアシスの出身だったはずです」


 サイはかつて自分付のメイドだった毒舌の少女を思い出して懐かしくなる。


「俺たちの仲間がユヅキオアシスと付き合いがあってね。こっちで自由に動ける人手が欲しいと常々言われているんだ。もし良かったらサイも一度オアシスに行ってみないか? 引き合わせたい人がいる」

「ナオの仲間? マヤピスの——」

「ああ、違う違う。図書館都市マヤピスは関係ない。俺や、〝雷の魔女〟の本来の出身世界、君がかつて訪れた世界線とは異なる、もう一つの日本の人間だよ」

「……なるほど」


 サイはそのまま顔を伏せて考え込む。


「まあ、そう急ぐ話でも——」

「悪くない提案です。前向きに検討させてもらってもいいですか?」


 サイは半分冗談めいた口調のナオに向かって、真剣なまなざしで言葉を返した。

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