第223話 サイの決心

「再接触まであと一年半、それに、時流差が八年ねえ……」


 三ヶ月ぶりに仮領主館を訪ねてきたオラスピアの〝黒の魔道士〟ことユウキは、話を聞くなり顔をしかめた。


「どこかで聞いたような話だな」

「え?」

「ああ、俺の故郷の世界線も、時間の流れにこことかなりの差があったんだよ」

「そうだったんですか」

「ああ、程度の差はあれ、どうやらそういうのが普通らしい」


 ユウキがもともと異世界の日本人であることは以前にも聞いた。

 サイがかつて送り込まれた、理彩のいる世界と似ているらしい。魔法は存在せず、かわりに科学技術の進んだ世界であるところも共通している。


「うーん、しかし、再接触に失敗するとやっかいだな」

「どういうことですか?」

「そうだろ? こちらの一年は向こうの八年ってことだ。だとすると、戻って来るまでに向こうでは十六年が経過する」

「……そうですね」

「スリアン殿下が今何歳の身体なのか知らないが、あっという間に君を追い抜いていくぞ」

「あ、ああ……」


 サイはこの世界に戻されたとき、自分が一体何歳まで巻き戻されたのか良くわかっていない。見た目から十歳程度だとすれば、二年後には十二歳だ。

 一方、最悪の想定として、スリアンに巻き戻しがほとんどなかったと考えてみる。だとすれば再会を果たす頃、彼女はとうに三十歳みそじを越える計算だ。

 そのことに思い至って複雑な表情を浮かべるサイの肩を、ユウキは勢いよくパンと叩いた。


「そうがっかりするな。俺の世界では、〝姉さん女房は金のわらじを履いてでも探せ〟ということわざがあった。女性の方が長生きだから、多少年上くらいが添い遂げるにはちょうどいいって意味らしい」

「多少の差なら、でしょう?」

「なんだよ。もともとサイと殿下は今でも五~六歳差くらいだろ? だったら十も二十も同じだよ。歳の差くらい愛の力で乗り越えろよ」

「……人ごとだと思ってずいぶん簡単に言いますよね」

「ん〜、じゃあ、そんなサイに面白いことを教えてあげよう」


 ユウキはニヤリと笑うと、サイの耳に口を近づけてささやいた。


「フォルな」

「フォルナリーナ陛下ですか?」

「ああ。彼女は俺を探すためにこの世界から俺の世界に転移して、向こうで数か月滞在した。その間にこっちの世界では十年近くが経過してて、再び戻ってきた時、彼女はとうに死んだことにされていた」

「それのどこが面白いんです?」

「いや、こっちでは十年単位で行方不明になっていたんだぞ。だから肉体年齢が二十代としても、年号的にはすでにさんじゅう——」


 次の瞬間、サイとユウキの顔のすき間を、稲妻のような白い光が猛スピードで通り抜けた。

 光はキンッという鋭い金属音と共に背後の壁に突き刺さる。

 サイが驚いて振り返ると、そこには突き立つ細身の投げナイフがあった。


「なにやら失礼な話が聞こえたような気がしましたが?」


 再び顔を戻すと、戸口から顔をのぞかせているのはフォルナリーナ・アーネアス女王その人だった。


「さてユウキ、おりいってお話があります」

「え、話なら別にここでも――」

「いえいえ、サイ君をわずらわせるまでもない話です。ちょっとこちらへ。さあ」


 フォルナリーナは凄みのある笑顔を浮かべながらユウキの耳をひっつかむと、問答無用で執務室から引きずり出して行った。





「旦那様は、お年を召されたスリアン殿下は受け入れられませんか?」


 気がつくと、セラヤが隣に立っていた。彼女はサイの前に緑茶のカップを静かに置くと、サイの顔をのぞき込むようにひざを落とした。


「いや、彼女が年上なのは前からだし、それを理由にスリアンを拒絶するつもりなんかない」

「では、何が気がかりなんです?」

「人の気持ちは変わりやすい。十六年は人生の中で決して少なくない時間だよ」

「まあ、そうですね」

「ほんの数年、いや、わずか数か月会わないだけで人は変わる。僕はそれを身にしみて知っている」


 サイは両手を広げてじっと見る。そこには今も、彼の腕の中で血まみれでこと切れたメープルの重みが感じられた。


「まったく環境の違う異世界で、これまでの人生と同じくらい長い時間をもう一度生き直すんだ。そんな彼女に、ずっと忘れられないでいられる自信は僕にはないよ」

「旦那様……」

「悪い。ちょっと疲れた。少し休みたい」


 サイはそう言い残すと、執務室の一角についたてで仕切られた私的空間にこもって、日暮れまでそこから出ようとはしなかった。





 結局、サイはそれきり二度とその話題を持ち出すことはなかった。

 まるで何かを頭から追い払うようにゼーゲル復興に一心に取り組んだ。

 彼の主導で復興事業は勢いづき、訪れる商人や貿易船で街は次第に往時のにぎわいを取り戻した。

 そして、スリアンの失踪から間もなく二年目になるある夜、最後まで後回しにされていた新領主館が完成した記念式典と同時に、彼は街から姿を消した。



 


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