第215話 抵抗
「敵は策に乗ってきました!」
倉庫街から一街区ほど離れた邸宅の廃墟。伝令は駆け込んでくるなりそう報告した。
「よし、両翼にはもう少しだけ芝居で時を稼いでもらおう。どうだい? 中央街路まで敵を引き込めそうかな?」
スリアンは眼の前のテーブルに広げられた港湾地区の地図を前に訊ねる。
「敵は我々の矢弾が尽きたと考えているでしょう。これ以上反撃はないと気を抜いています。案外うまくいくかも知れません」
「だといいね。仕込みの方は?」
「はい、井戸のつるべを利用した投石機はなんとか数が揃いそうです。石畳の方はもう少し時間がかかると」
「ならば石畳の仕掛けはもう少し奥、ここからこのあたりを中心に設置しよう。作業を急がせて!」
スリアンがメモを手渡すと、伝令は敬礼も忘れて猛然と部屋を飛び出して行った。
スリアンは、力比べをあきらめ、がれきと化したゼーゲルの街全体を戦場にゲリラ戦を仕掛ける覚悟を固めていた。お互いの陣地をきっちり分けたオーソドックスな戦い方では、沖の艦砲で陣地ごと狙い撃ちされるのがオチだからだ。あえて敵味方入り乱れた乱戦に持ち込み、艦砲射撃を不可能にするのがその狙いだった。
「住民を無理やりにでも避難させて良かったよ」
突然の避難指示で相当文句を言われ混乱もしたが、おかげで今のところ住民の死者は最小限に抑えられている。
「建物は再建できるけど、住民が死に絶えた街を復興するのは不可能だからね」
本音は、いずれサイが統治する予定のこの街をこれ以上荒らしたくない。
だが、貿易港としての機能は住民さえ守り抜ければいずれ取り戻せる。
建物の再建まではゼーゲル湾に面したタースベレデ側の小村、ゼゲルハブに一時的に移住させたっていい。
スリアンは、故郷を終われ、幼なじみを失ったサイに、今度こそ心安らげるふるさとを用意してあげたかった。
そのためにも、この街を絶対に敵に明け渡すわけにはいかない。
「頼むから、無事でいてくれよ、サイ」
思わず言葉が漏れる。それは追い詰められたスリアンがすがる唯一の希望で、心の奥底からの願いでもあった。
ほどなくして、上陸した敵の部隊は撤退するタースベレデ軍を二分するように突出してきた。撤退に手間取っている両翼を無視して、一気に中央突破をはかる腹づもりらしい。だが、その動きはスリアンにとっても願ってもないことだった。
「中央下がれ、うまく引きつけるんだ!」
スリアンの指令は、鏡を使った光信号でただちに前線に伝えられる。
直接戦闘を避け、込み入った路地に溶けるように消えるタースベレデ兵を追って、敵部隊は引きずり込まれるように深く潜入してきた。
「よし、投石開始!」
崩れ落ちた石壁や裏路地の敷石を剥がし、手頃な大きさにたたき割って作った即席の石弾が、井戸のはねつるべを改造した即席の投石機で大量に降り注ぐ。
がれきに埋まった食堂のかまどを掘り起こして真っ赤に焼いた石が敵部隊を襲い、廃墟の街に敵兵の絶叫が響き渡る。
「よし、第二段階!」
仲間を襲われて頭に血が上った敵部隊の前に、姿をあらわしたタースベレデ兵は、思いがけない鉢合わせに「しまった!」といった様子で路地に消える。
当然敵は銃を乱射しながら追いすがった。が、これは演技だ。
だが、彼らが誘い込まれた路地は行き止まりで、たたらを踏んで立ち止まった途端に足元の石畳が崩れ落ちた。そこには人の背丈ほどの深い落とし穴があり、底には斜めに削った木杭が剣山のように植えられていた。
ここでもまた、罠にはまった敵兵の悲鳴が響く。
また別の部隊は狭い路地に足を踏み入れた途端張り巡らされていたクモの巣が顔中にまとわりつき、思わず銃の引き金から手を離してクモの巣を取り払おうとした瞬間、両側の崩れた建物から突き出された十数本もの槍に貫かれ、声を上げる間もなくてその場に倒れ伏した。
やがて、突入した兵の半数以上がまるで絡め取られるように連絡を絶ったのに気づいた敵軍は、突入を中止して反転した。
その瞬間、混乱していたはずのタースベレデ軍両翼が急に秩序を取り戻し、万力で挟みこむように撤退する敵軍を圧する。
尽きたはずの矢弾を両側から猛烈に浴びせられ、突入から一刻もたたないうちに上陸部隊の半数以上を失った敵軍は、またたく間に桟橋の一番先端まで押し返された。
「なんだそれは!? まるでゲリラコマンドではないか!!」
敵軍の指揮官は、血のにじむ包帯を頭に巻いた部下の報告を聞いて我が耳を疑った。
この世界の軍隊はいまだ平野に大部隊を揃えて騎兵や槍兵が激突する古典的戦闘が主流と聞いていたので、少人数で神出鬼没の戦い方をするコマンド思想はないものとたかをくくっていた。
しかも、追い詰められたネズミが猫を噛むような破れかぶれの反撃ではなく、間違いなくゲリラ戦法に詳しいリーダーが指揮をとり、積極的にトラップを仕掛けている。
このままでは送り込んだ兵が全滅すると直感した指揮官は、全軍に一時退却の指示を出した。
だが、その日の夕暮れまで待っても、送り込んだ兵士の三分の二近くが戻って来なかった。
「……ううむ」
現地人の兵はいつの間にか桟橋の根本にまで迫っていた。最前線に並んでこちらを睨むのは盾を構えた重武装の甲冑兵。銃の射程は把握されているようで、そこから先へは近づいてこようとしない。だが、行方不明の兵士達が人質に取られている可能性がある。対応が難しい。
「くそ、未開人と甘く見た結果がこれか……」
考えあぐねる指揮官の元に、一人の下士官が進み出た。
「大佐、交渉しましょう」
「何だと?」
「恐らく、仲間が人質になっているはずです。一時休戦の条件を出して仲間を救出し、その後一斉砲撃で殲滅しましょう」
「……貴様、交渉すると言わなかったか?」
「大佐、相手は未開人ですよ。交渉なんて単なる方便です。騙してぶっ殺してしまえばいいんですよ」
指揮官はニタニタと悪い笑みを見せる下士官の顔を穴が空くほど見つめた後、それもそうだなと思い直し、使者を立てるべく、現地人語の判る偵察員を呼び出した。
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