第214話 前進

「さすがにこの人数では……」


 護衛騎士は渋い顔でうめき声を上げた。

 眼下に見える切り通しの大穴では、必死の埋め戻し作業が進んでいる。だが、敵艦からの砲撃は相変わらず散発的に続いていて、作業はたびたび中断され、進まないどころか新しい大穴がどんどん増える。


「これ以上は待っていられないな」


 スリアンは港を見つめながらつぶやくように言った。

 先に派遣した弓兵とそれを守る重装兵は倉庫通りの大道を挟んで敵の上陸部隊とにらみ合いを続けている。

 弓の射程が敵の銃をわずかに上回っているおかげで、敵部隊の突出はかろうじて抑えられている。だが、盾役の重装兵も無敵ではない。敵の銃が大量にばらまく弾を受け、一人、また一人と倒れていく。

 これ以上数を減らせばどこかにほころびができてしまう。


「行こう! 先行して弓兵部隊と合流する。突破されそうな場所に援護に入るんだ」

「しかし殿下、危険では――」

「敵の艦砲は丘まで届いた。だったらどこにいたって危険は同じだよ。少しでも役に立つ場所に立つべきだろう?」


 護衛騎士は唇を噛みしめるが、それ以上反論してこなかった。


「よし、じゃあ、一気に尾根道を駆け下る! 続け!」


 スリアンは手綱を開いて馬を港に向けると、内くるぶしで馬の腹をつつく。馬は敏感に反応すると、大きくかぶりを振り、自らの主人を奮い立たせるように高くいなないた。




 海兵部隊の指揮官は、現地人勢力の反撃が次第に弱まってきたのを感じていた。

 長い桟橋の根本、倉庫街に至る道路の中央部に通せんぼするように立つ甲冑兵におびただしい数の鉛弾を撃ち込み、一体、また一体と撃ち倒していく。

 甲冑兵の後ろからウンカのように飛来する矢、そこに時折混じる貫通力の高いやっかいなボルトの頻度も次第に下がってきた。


「焦ることはない。相手はしょせん未開部族だ。それにもうすぐ前線に穴が空く。攻め手は緩めず、ただし無理押しはするな!」


 自分たちの使命は輸送艦を無傷で湾内に引き入れ、兵や機材の安全な揚陸を可能にするための橋頭堡を築くことだ。

 街の占領は後続部隊の上陸を待って行えばいい。

 現地人が使っているのは原始的なクロスボウや弩弓と呼ばれる武器ばかりで火器のたぐいは見当たらないが、思いのほか貫通力が高く、防弾ベストを突き抜けて負傷する兵士が続出している。

 とはいえ、この勢いは長くは続くまい。やがて矢は尽きる。


「隊長! 丘の尾根から援軍らしき騎馬が数騎!」

「なにっ!?」


 慌てて双眼鏡を覗くと、少年のような若い士官を先頭に、四〜五騎の騎兵が林の中から飛び出してきたようだ。

 だが、後続はない。

 丘に詰めているらしき敵の本体は戦闘艦の砲撃でいまだ身動きが取れないでいるらしい。いい傾向だ。


「恐らく本隊からの伝令のたぐいだろう。騎馬が数騎増えたところでどうなるものでもなかろう。捨て置け!」


 指揮官はそう命じ、改めて膠着状態の前線に目を移した。

 それから程なく。

 倒れたまま放置されていた甲冑兵が回収され、現地人は港の防衛を諦めて半ばがれきと化した街の入口まで前線を下げ始めた。飛来する矢の数は大幅に減り、恐らくは矢の備蓄が尽きかけていることをうかがわせた。

 撤退速度もかなりバラバラで、中央部が街の入口に素早く布陣し直したのに対し、両翼の部隊はいまだモタモタしている。


「どうにもお粗末な用兵ですな」


 副官が多分に嘲りを含んだ口ぶりで感想を口にした。


「言ってやるな。相手はいまだ弓だの剣だの伝書鳩だのをありがたがっているんだ。近代的な軍の運用など頭の片隅にもないだろう」

「奴ら頼みの綱の〝魔法〟とやらも使えませんし、赤子の手をひねるとはまさにこのことですな」

「ああ、そもそも〝魔法〟なんぞこの世には存在しない。アレは衛星兵器複合体コンプレックスとそのオペレーターに過ぎん」

「でしたな。そもそもはどこぞの世界線が未開惑星開拓用に送り込んできた全球支援システムだったと聞き及んでいますが?」

「ああ。だが、本来の役割はとうに忘れ去られ、原始的な神秘思想にまみれて〝魔法〟だなんだとありがたがられている。セキュリティも信じられんほどガバガバだ。音声コマンドであっさり機能不全に陥ってしまう」

「ですな」

「まあ〝魔法使い〟どもはさぞや困惑していることだろうよ」


 今回の上陸作戦は、彼らの属する世界線がこの世界を侵略する十数年がかりの植民プロジェクトの一部に過ぎない。

 精神依存性のある薬物を大量に送り込み、障害になり得る現地の軍事力や〝魔道士〟と呼ばれる兵器オペレーターを無力化する。烏合の衆と化した現地人は奴隷とし、いずれはこの世界に移住するのが究極の目的だ。

 他世界への侵略的移住は周辺諸世界との協定で硬く禁じられているが、自らの世界が滅びに瀕している状態で、目の前のブルーオーシャンに飛び込まない馬鹿はいない。


「とりあえず、この街は手始めだ。きっちり仕上げるぞ!」


 指揮官はそう言うと、ヘルメットのあごひもをぎゅっと締めてマイクを握りしめる。


「諸君、ここが正念場だ! 敵前線中央部を突破、敵を分断し倉庫街を確保せよ!」

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