第213話 迂回

「駄目です! このままでは弓兵が全滅します!!」


 正体不明の敵が持つ〝銃〟の威力は圧倒的だった。

 タースベレデの弓兵は敵と直接対峙せず、距離をとって戦う兵科だ。弩弓兵もその点に違いはない。大量の矢を入れた重い矢筒を抱えて移動するため、防御力の高い(つまり重い)防具は身に着けていない。

 敵の銃も飛び道具という意味では同じで、射程は弓とほぼ同じかむしろ短いが、連続して発射可能という点で圧倒的に向こうが優位だ。


「仕方ない。重装兵を前に。弓兵は後退、重装兵の頭越しに山なりに攻撃を」


 スリアンは意識せず爪を噛みながら指示を出す。幼い頃に克服したはずの癖だったが、最近サイの身を案じる事件が多く、ストレスのせいかいつの間にかぶり返してしまった。


「ボクも前に出るよ。馬を出して――」

「いけません殿下! 敵の持つ武器は得体が知れません。万一のことがあっては女王陛下に申し開きが立ちません!!」

「しかし!」


 その時、スリアンたちが立てこもる丘のすぐふもとで地面が爆ぜた。

 ゼーゲルの街を蹂躙した艦砲が、上陸した敵歩兵の報告を受けて狙いを変えたらしい。


「良くないですな。あれがこの陣地に直接届けば民にも被害が」


 進言を受ける間もなく、砲弾が陣地のすぐそばで立て続けに炸裂した。 盾の隙間から街の様子を眺めていた民間人が炸裂した破片を受けて悲鳴が上がる。


「民を全員丘の反対側に下ろせ! 密集隊形を解いて散開、港に向かう!!」


 砲撃の狙いはタースベレデの兵を港から遠ざけ、司令部と前線との連携を断つことにあるのだろう。

 判っていても、このまま敵のもくろみにはまってみすみす全滅するわけにはいかない。

 スリアンの号令を受けて兵たちは散開し、小隊ごとに分かれてゆっくりと丘を下る。スリアンもどさくさに紛れて馬に乗り、制止を振り切って港に向かう小道に乗り入れた。

 だが、両側に山肌が迫る切り通しの道に砲弾を撃ち込まれ、大穴を前に立ち往生してしまった。


「くそ、どうあってもボクらを港に近づけないつもりだ!」


 スリアンは馬から飛び降りて穴に向かい、そばにいる工兵に声をかける。


「どうだ? 渡れそうかい?」

「はしごを下ろして反対側から登るしかありません。兵はともかく、この深さじゃ馬は無理ですね」

「迂回路は?」

「場所が悪いです。ここからでは道の両脇をよじ登り、林の中を突っ切るしかありません」


 工兵は道の両脇に壁のようにそびえる急斜面を見上げながらため息をつく。


「……ただ、ご覧の通り相当に——」


 スリアンは最後まで聞いていなかった。手綱を引いて馬を強引に道の脇の藪に突っ込ませる。随行する騎士や伝令兵が慌てるのを尻目に、灌木の茂みを踏み越え、密集した木々の間を抜け、急な斜面を駆け上がっていく。


「殿下! お待ちください!!」


 待てと言われて待てるわけもない。サイの消息も心配だし、このまま港に橋頭堡を築かれてしまうと沖の砲艦が接岸するだろう。一度そうなってしまえば、もはや街を取り戻すことは不可能だ。


「ったく、奴ら、一体何者なんだ?」


 スリアンは生まれ育ったこのラジアータ大陸以外に大陸の存在を知らない。これまで別の大陸から交易船がやって来たことは一度もなく、難破船や見知らぬ漂流物が流れ着いたといったささいな噂すら耳にしたことがない。

 海の向こうの国と言えばただ二つ、ラジアータ大陸の西端、サンデッガの西方海上にあるメサ、そして大陸の反対側、オラスピアの北東にあるファルメン。どちらも高い建物からなら島影を望めるほどの距離にある。いずれもタースベレデの国土の十分の一にも満たない小さな島国で、あれほどの武力を保持できるほどの国力はない 、はずだ。


ズバァン!!


 一瞬の物思いを打ち砕くように、すぐそばに砲弾がめり込んだ。不発弾だったのか、炸裂して金属の破片をまき散らすことはなかったが、地面を吹き飛ばし、木々をなぎ倒して斜面に大穴があく。


「っぺっ!! 土が!」


 全身泥まみれになったスリアンは前腕で顔をぬぐい、口の中の土を吐きながら顔をしかめる。


「殿下! ご無事ですか!?」

「ああ、土をかぶっただけ」

「それは幸いでした。それにしても……我々の動きが読まれているのではないでしょうか?」


 スリアンに追いついた護衛の騎士は、そう言っていぶかしげに首をひねる。

 丘から港に通じる切り通しをふさいだだけではなく、道を迂回しようとするこちらの動きを的確に封じてきた。港に上陸した敵兵との間にはまだかなり距離があり、下からこれほど正確に動きを読むのは難しいだろう。


「もしや、避難民の中に内通者が?」

「スパイか……あり得るね」


 タースベレデ軍は街の民を伴ってここまで避難してきた。住民の中にスパイが紛れていたとしても見分けようがない。どうやって連絡を取り合っているのかは不明だが。


「だとすれば、ここに留まっているべきじゃないね。さあ、一刻も早く動くよ!」

「殿下っ! 無茶をなさらないでください!!」


 悲鳴じみた声を上げる護衛をかえりみず、スリアンは再び斜面をよじ登りはじめた。

 その後さらに三度の砲撃を受け、スリアンに付き従った兵士の四分の一が負傷し、脱落した。

 結局、けもの道のような細い尾根道にたどり着いた兵士の数は一個小隊にも満たず、護衛騎士はわずか三騎だけだった。

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