第211話 よりあわされる世界
「女神様! あの艦にはあとどのくらいの
操舵室に駆け戻るなり、サイは女神に質問を投げかけた。
「……おい、私は正体を明かしたんだ、その呼び方はもういいだろう?」
「いや、今さら変えるのもどうかと……そんなことより、どうでしょうか?」
もどかしげに問うサイに苦笑いを向けると、女神はそのまま少し考えるように首を傾けた。薄暗い操舵室の中で、彼女の瞳だけがうっすら発光しているように見えた。
「他世界に物を持ち込むには、質量に応じてエネルギーが必要になる」
「は?」
突然見当違いの話をし始めた女神をサイは非難するように見つめるが、彼女はまあ落ち着け、というように右手をひらひらと振る。
「あのサイズの船を転移ということになると、莫大な、それこそ国家規模のエネルギー源が必要だ」
「エネルギー、ですか?」
「ああ、例えば君を身体ごと転移させるには電力に換算して約千キロワットアワーのエネルギーが必要になる。それなら一般の家庭でも準備できなくはない。だが、あの手の船なら一隻あたりざっと二億キロワットは必要だろう」
「……ああ、なるほど」
そこまで言われてようやくサイにも話の行き着く先が見えてきた。
「そういう訳で、主にエネルギーコストの問題からミサイル兵器の量は多くないと思う。そもそも、必要だとも考えていなかっただろうし」
「こちらで調達した可能性は?」
「ない!」
女神は断言した。
「この世界の文明は蒸気機関以前の段階だ。鉄の利用も工房レベルに留まっている。ミサイル以前に、いまだ鋼鉄船を生産できる国家すらないだろう」
「だとすると、次弾はない?」
「断言はできないが……」
女神の判断を信じるなら、敵のもくろみは遠距離から持てる全火力を一気に叩きつけて防衛線を崩壊させ、歩兵部隊の上陸を狙う、だろうか。
だが、ミサイルはサイの鉄魚で阻まれた。それでも歩兵を出してくるか、それともこちらの出方を伺うか。
(そういえば……)
サイは理彩の世界で体験した無人島の戦闘を思い出した。
あの時も、最初はミサイルで、その後
「私なら様子を見るかな。向こうは端から抵抗されるなんて思ってもいなかったはず。さぞや困惑しているだろう」
「どうしてですか? 魔道士がいればそのくらいは――」
「魔道士を無力化する事前工作があっただろう?」
すべてを見透かすよう女神の視線に、サイはぞくりと背筋を震わせた。
「街を占拠していた魔道士に
「最初から侵略が目的で、
「ああ」
「もしかしたら、タースベレデとサンデッガの戦争も?」
「ああ、そうなるように工作されたんだろう」
「!」
女神の答は簡潔で残酷だった。
多くの人の死を目の前で見せつけられ、必死にあがいたあの数か月が、実は第三勢力の手のひらでいいように転がされていたのだと知って、サイは言葉を失った。
女神の予想通り、空が白み始めても沖合の船に動きはなかった。
「女神様、いったん港に戻ろうかと思いますが」
水平線上で蜃気楼のように揺らめく敵船団の影を眺めながら、サイは後部座席で眠そうに目をしばたいている女神に呼びかけた。
「……まあ、偵察にせよ歩兵の上陸にせよ夜になるだろうしな」
敵が先制攻撃を仕掛けてきたことで、サイが偵察に出向く意味はほとんど失われた。防衛戦に備えスリアン達と合流する方が得策だろう。
サイは湾内を漂うに任せていた船を始動すると、ゆっくりと港の方向に舵を切った。船尾からゴボゴボと泡を吹き出し、船はゆっくりとスピードを上げていく。
正面に近づいて来るゼーゲルの建物を見つめながら、サイは昨夜からずっと腹の底でわだかまっていた疑問を口にした。
「女神様は昨夜、サンデッガに
「……ああ」
「こんな風に現地人や国家に干渉するのは協約違反だとも言いましたよね」
「ああ」
「だったらどうして、こんなになるまで何もせずに見過ごしたんですか?」
「まさに、今君が言ったそのままの理由だ。外部からの干渉は——」
「え? でも、異世界人同士なら干渉にはあたらないでしょう? どんなつもりか知りませんが、まさに神の目線で高みから見下ろして、僕らが右往左往するのを観察して楽しかったですか? まるで、アリの行列を崩す子供みたいに、僕らが——」
「そんな言い方をしないでくれっ!」
女神は食いしばった歯の間から絞り出すように叫び声を上げた。
「君たちが辛い思いをしているのを、私が平気な顔で眺めていたと思わないでくれ。ただ、この世界線は本当にデリケートなんだ。個人の思惑でどうこうできる世界じゃないんだ」
「どういうことです?」
「まあ、あくまでわかりやすくするための例えだが……」
彼女はそう前置きして、疲れ切ったような表情で続ける。
「吊り橋を支えているような太いワイヤーロープを思い浮かべてくれ。それを構成する何百、何千本もの細い心線がそれぞれの世界線にたとえられる」
「……はあ」
「それぞれの世界線はいくつかまとめて糸のように
「どうしてそんなことが言えるんです?」
「私自身が、そうして跡形もなく消滅した世界線の出身だからだ」
息を飲むサイに向かって、女神は真剣な表情で重々しく告げた。
「だからこそ、ここは保護区として厳重に保護されている。この世界こそ、私たち周辺世界線すべての生命線なんだ」
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