第206話 想い、あふれる
「はあっ!?」
サイの大声に思わず身をすくませるが、それでもスリアンは一歩も退く気はないらしい。
「スリアン、聞いてました? 僕はこれからここを離れるという話をして——」
「判っている。だからだよっ!」
スリアンは真っ赤に染まった顔で口を尖らせた。
「……君だって……いい加減ボクの気持ちには気付いているだろう!?」
「あー、まあ……」
勢いに飲まれてあいまいに答えるサイ。
「でも、なんでこんな突然? 王族の結婚って、普通もっと慎重に——」
聞き返しつつ、サイもまた顔が火照ってくるのを止められなかった。
「充分慎重だよ! 身分差だって、君に功績をあげてもらって、釣り合いが取れるように時間をかけて調整しただろ? この街の接収と領主就任が決まれば、そろそろ婚約くらいは許してもらえそうな流れだったんだよ!
「まさか、そんな計画が?」
サイはショックを受けて口ごもる。
楽にこなせた任務は確かに一つもなかったが、帰還するたびに予想を上回る高い評価を受けた。サイは、妥当な報奨だというスリアンの言葉を疑いもせずに受け取っていたが、まさかそれがタースベレデの貴族や重臣に向けた王家側のアピールだったとは。
「とはいえ、君は、中身はともかく外見はまだ少年だ。本当はもう少し大きくなるまで待つつもりだったんだ。焦ってこんなみっともない告白をするはずじゃなかったんだよ〜っ!」
ほとんど絶叫してその場にへたり込むスリアンを、甲板で作業をしていた船員達が遠巻きに取り囲んだ。興味しんしんでざわざわと噂され、サイは恥ずかしさでいたたまれなくなる。
「わ、わかりました。わかりましたから!」
慌ててスリアンを抱き起こし、ほとんど無理やりフォルナリーナの待つ船室に連れ帰る。その間中、スリアンはまるで年端もいかない少女のようにぽろぽろと涙ををこぼし、サイに左手を引かれながら右手ではぐしぐしとまぶたをこすり続けていた。
「殿下!?」
「どうされたのですか!!」
扉を開けた途端、ただならぬ様子にフォルナリーナもセラヤも椅子を蹴って立ち上がる。現にスリアンの顔は涙でぐしゃぐしゃで、普段の凜々しさは面影すらない。
「旦那様! 一体何をやらかしたんですかっ!!」
思った通りセラヤが鬼の形相でサイに迫ってきた。仕方ないとは思いつつ、多少の理不尽さを感じながらサイは唇を尖らせる。
「うん、結婚を申し込まれた」
「まさか! どこの馬の骨に!?」
どうやら、サイが別の女に言い寄られ、それを目撃したスリアンが涙に暮れていると思い込んだらしい。セラヤはサイの襟首をつかみ、そのまま身体ごと吊り上げる勢いでギリギリ引き絞る。
「セラヤ、誤解だ! 苦しい苦しい! 死ぬから、このままじゃ僕が死ぬからっ!」
なんとか動かせる両手でバンバンセラヤの二の腕を叩くが、戦杖術を極めた戦闘メイドの豪腕はきゃしゃな見た目に反して万力のようにサイを締め付けて離さない。
「殿下という方がありながら、あなたは何をフラフラしてるんですっ!! 例の黒髪の人質たちですか!? どうなんです!?」
確かに、救出した人質のうちケガのひどかった一部の者はディレニアで治療を受けさせると聞いた。だが、今の今までサイはそのことすら失念していた。
「だから、スリアン本人だって」
「え?」
その瞬間、セラヤはポカンと口を開けて動きを止めた。
サイの襟を引き絞っていた腕は緩み、サイはそのまま床にドサリと投げ出される。
「なあ、一応まだ僕も怪我人なんだけど! 扱いがひどすぎるっ!」
「ええ? 時間をかけて最高のシチュエーションで告白を……とおっしゃられていたはず。それがなぜ今?」
「知らないよ、それは本人に聞いてくれ」
サイだってそこまでの
だが、
だからこそ、彼女の口から何もかもすっ飛ばしていきなり
「でもまあ、確かにお気持ちはわかりますね。どこかのおバカさんは殿下のご心配をよそにあっちこっちで勝手に死にかけますし、そろそろ首輪をはめて繋いでおこうとお考えになって当然です」
「僕は犬かよ」
「……違う。そうじゃないんだ」
その時になって、ようやくしゃくり上げるのをやめたスリアンが会話に割り込んでくる。
「ボクは、サイの行動を縛りたいわけじゃない。ボクのいないところで君がたった一人でひどい目に遭うのがイヤなんだ。それに君は、幼馴染みが亡くなってから、まるで死に急いでいるみたいに見える。ボクはそれがとても悲しい。放っておけないんだ」
スリアンの指摘に、サイは頭を殴られたようなショックを受けた。
確かにその自覚はある。
メープルの死後、サイは自分が傷つくことを気にしなくなっていた。
とにかくしゃにむに突っ込んで、うまくいけばよし、仮に大ケガをしても、それで誰かが助かるならそれでいいと割り切っていた。たとえ自分が死んでも、悲しむ人などいないと思い込んでいた。
「なるほど、それで結婚を……」
背後で黙って耳を傾けていたフォルナリーナ女王がようやく得心したようにつぶやいた。
「でもスリアン、そもそも貴族や重臣たちが許可すれば許されるような話なんですか?」
「う……いや、実はそれだけじゃ駄目なんだ」
途端に痛いところを突かれたようにしかめっ面をするスリアン。
「実は、第三国の承認も……王族の婚姻は外交にも直結するから」
「そういうことでしたら、私、お役に立てると思いますよ」
フォルナリーナがにっこりほほ笑みながらどんと胸を叩いた。
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