第207話 光の柱

「いにしえの約定に基づき、オラスピア王国はここにタースベレデ女王国次期女王、スリアン・パドゥク・タースベレデとサイプレス・ゴールドクエスト魔導侯の婚姻を承認いたします。加えて、第三国として都市国家マヤピスの追証もできますから正式に発効できますよ」


 フォルナリーナはニコニコと嬉しそうに微笑みながら、口調だけは厳かにそう宣言した。


「え? オラスピアはわかりますが、どうしてマヤピスが?」


フォルナリーナの言葉をサイが理解しきれずにいると、ちょんちょんと右肩をつつかれた。


「今この船には、国家元首クラスが三人も乗っているんだよ」

「は?」


 首をかしげるサイに、スリアンは自分とフォルナリーナを順に指さしてみせる。


「もう一人は?」

「魔道士ユウキだ」

「ええ? 彼はオラスピアの――」

「実はね、彼の正式名、アバン・ユウキ・タトゥーラ・マヤピスって言うんだって」

「は? え?」


 以前サイは学校の授業で、過去に魔道士が神官を意味する〝アバン〟という称号で呼ばれた例があると学んでいた。

 とはいっても宗教上の職位ではなく、古代遺跡を発掘し、再稼働させた人間に一種の尊称としてつけられるものだ。オラスピアの〝農夫の遺跡〟を復活させたユウキは確かにその名で呼ばれる権利がある。


「でも、マヤピスって……あ〜、まさか!?」


 サイは、マヤピス図書館の筆頭司書がマヤピスにはオーナーがいるという話をしていたのを思い出した。


「押しつけられたらしいよ」

「なんですかそれ?」

「うん? 何の話だ?」


 二人ではてなと顔を見合わせたところに、用を済ませたユウキが戻ってきた。


「いえ、なぜあなたがマヤピスのオーナーなのかと。それに、オラスピアの魔道士が掛け持ちなんかして大丈夫なんですか?」


 いぶかしげなサイの口調がおかしかったのか、ユウキは声を上げて笑う。

「まあ、色々あったんだよ。あの筆頭司書に懐かれてね」


 サイは無愛想な筆頭司書を思い出して首をひねる。


「それに、マヤピスは基本、図書館の長と行政の長、司法の長の三人が合議で運営していて、それで充分うまく回っている。名ばかりオーナーの俺に権限的なものは何もないんだ。ただの名誉職というか、変なのが寄ってこないための虫除け」


 ユウキはあっけらかんと笑い、途中で何かに気付いてふと考え込む。


「いや、よく考えてみるとマズいな。アーカイブがトラブってるということは、マヤピスの都市機能や図書館の運営にもけっこう支障が出ているはずだな……フォル!」


 フォルナリーナは苦笑いしながら「わかってます」とでも言いたげにふわりと頷く。


「今夜のうちに出る。急いだ方がいいかもしれない」

「はいはい。気をつけて行ってらっしゃい。あ、でも出かける前にこのお二人の婚姻承認書にサインを忘れないでね。書面はすぐに準備するから」

「へ、もう結婚? ずいぶん展開が早いな?」

「いや、と、とりあえず婚約……」


 スリアンは相変わらずド直球で浴びせられる質問に消え入りそうな声で答え、再び顔を赤らめた。





 その後、逃げるようにディレニアを辞したサイとスリアンは、新しい領主館が整うまでの間、その代わりとなる元タースベレデ連絡事務所〝ウミツバメ亭〟に戻った。


「そういえば、君と最初にあったのはこの部屋だったね」


 ウミツバメ亭に作られた特別室。最上階をすべて使って一室だけ設けられたそれは、本来スリアンのような王族や賓客をもてなすための部屋で、今は領主館機能を持たせるために急きょ模様替えの最中だった。


「そうですね。ずいぶん前のことに感じますけど、僕らは出会ってまだ一年もたっていないんですよね」

「そっかー」

「それなのに婚約とか、気が早いと思いません?」


 スリアンはソファにだらしなく身体を伸ばし、菓子をつまみながらきょとんとした顔になる。


「え? 別に早くはないよ。ウチは直感を重んじる伝統なんだ。女王かあさまだって一目惚れして、一ヶ月で結婚を決めたって」

「それはまた……」


 スリアンは呆れるサイを手招きして、自分の横に座らせる。


「それよりも、さっきは取り乱してごめん」


 サイの手を取りながら、彼女は神妙な表情で小さく頭を下げた。


「直前に血だらけの君を見てたからさ、またボクの前からいなくなるんだと思って、その途端に頭がワーってなっちゃって」


 しゅんとしょげた様子を見ては、それ以上文句も言いにくい。


「……こちらこそすいません。後先考えずに暴走するクセは直さなきゃいけないと思っているんですが……」

「そうだよ。少なくとも、君には無事を祈っている人がここにいるんだってこと、忘れないでいて欲しい」


 スリアンはそう強調し、表情をいくぶんかやわらげながら続ける。


「サイ、さっきは妙な雰囲気になっちゃったけど改めて言っておくよ。今日ボクが言ったことは全部本心だよ。君と、その、結婚したいと言ったことも含めて」

「あ、ありがとうございます?」

「で?」

「で? とは?」


 困惑するサイに、スリアンはニヤリといたずらっぽい笑顔を向ける。


「ボクは自分の気持ちをちゃんと君に伝えたよ。だったら、君もボクに本心をさらけ出すのが平等ってもんじゃないかい?」

「あー、うー」


 サイは天井を見上げて顔を赤らめた。

 

「前にも言ったかも知れませんが、僕はスリアンのことは嫌いじゃありません。というか、どちらかというとむしろ好き寄りの——」

「えー、もう少しはっきり言って欲しいなあ」

「あー、もう! 好きです。多分好きなんだと思います。でもごめんなさい」


 気まずくて、スリアンの顔がまともに見れない。


「今は、まだ……」

「恋愛対象としてはボクを見れない?」


 だが、スリアンの声は落ち着いていた。


「いえ、そういうことじゃないんです」


 サイは、自分の気持ちをどう伝えればいいのか悩む。それに、どう言葉を尽くしても正確には伝わらず、あげく彼女を傷つける結果になるのではないかと恐れた。

 

「結局、僕が臆病者なんです。僕はもう二度と、自分の愛した人が命を落とすのを見たくない。メープルの時はスリアンがそばにいてくれましたけど、もしスリアンまで失うようなことになったら、今度こそ僕は立ち直れないと思う……」

「ふむ、確かに臆病だね。まだ起きてもいないことをそんなに心配するなんて」


 そう言って、スリアンは両手でサイの頬を挟んで強引に自分の方に向けさせた。


「サイ、よく聞いて。ボクはいつか君に言ったよね、〝何があってもボクは君の手を離さない〟って」

「……はい。どんな時も隣に立つとも言ってくれましたね」

「そう。仮に君が生きたまま炎に焼かれるようなことがあっても、ボクはその隣に立って共に焼かれるだけの覚悟があるよ。愛する人を失って平気でいられないのはボクだって同じだ。だから——」


 スリアンにじっと見つめられ、サイもまた目をそらすことなくじっと見つめ返した。


「ボクは、君が今も抱えているトラウマごと、まるごと君を——」


 その時、部屋の扉が激しく叩かれた。


「殿下、旦那様、お休みの所申し訳ございません! 至急のお知らせがございます!」


 セラヤの緊迫した声が響いた。すぐに扉が開き、セラヤが連絡所長のジョンコンを伴って部屋に入ってくる。


「殿下、それからサイ、すぐに屋上に来てくれ! 沖にあやしい光が現れたんだ」

「あやしい? どういうこと?」

「ああ、何百本もの光の柱が空に……」

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