第205話 スリアン、だだをこねる
サイが女王の自室に戻ってきたのはそれからさらに半刻ほど過ぎた後だった。サイのやつれた表情を見るだけで、スリアンは胸が締め付けられる思いがした。
「サイ……」
その先の言葉が出てこない。疲れはてた表情を見せながら、目だけはらんらんと輝かせているサイの様子に、イヤな予感がどんどん増してくる。
「スリアン、話があります」
ソファに腰を据え、上半身をぐっと乗り出してそう切り出したサイの言葉に、スリアンはゴクリと唾を飲んだ。覚悟を決めた表情でじっと見つめられ、スリアンの背中に冷や汗が流れる。
フォルナリーナ女王の予言めいた発言が頭の中で何度もリフレインする。
「あの船は、異世界の技術で作られていました。この世界とは相容れないものです」
「それは……」
「ええ、ヘクトゥースの元締めは、この大陸の外、いや、もしかしたらこの世界の外なのかも知れません」
スリアンは突然の寒気にぞくりと身体を震わせた。見回すと、フォルナリーナ女王もセラヤもこわばった顔をしている。
「あとで魔道士ユウキに乗組員の装備品を見せてもらう予定ですが、可能性は高そうです」
「……そ、それは、君が以前迷い込んだという
「わかりません。少なくともあちこちに書かれていた文字にはまったく見覚えはありません。ですが、船の造りや使われている技術には不思議となじみがあります。今すぐ動かせと言われてもそれほど惑わない程度には」
スリアンはそれを聞いて深いため息をついた。
「陛下、ボクら二人だけで話がしたいです。少し席を外しても構いませんでしょうか?」
頷くフォルナリーナに一礼し、スリアンは身振りでサイを部屋の外に誘う。
「お話なら、この部屋を使っていただいても構いませんよ。私たちは一旦席を外しますが?」
「いえ、ちょっと外の空気も吸いたいので……」
フォルナリーナのすすめを断り、スリアンはサイを伴って甲板に出た。
「スリアン、何だか不機嫌ですね。フォルナリーナ陛下に何かイヤなことでも言われたんですか?」
手すりにもたれ、無言で海原を眺めるスリアンの表情はなんだかすっきりしない。
サイはそんな彼女の横顔を見つめながら、浮かんだ疑問をふと口にする。だが、スリアンはふくれっ面でサイの方に向き直ると、フンと激しく鼻を鳴らす。
「君がそれを言うのかい!?」
「は? え?」
どうやら地雷を踏んだらしいとサイが気付いたときには遅く、スリアンは猛然と食ってかかってきた。
「サイ、君は一人で行くつもりなんだろう?」
「え! どうしてそれを? 今からちゃんと順を追って説明するつも——」
「で、君はボクがそれを許すとでも思ったのかい?」
スリアンはサイの言葉を強引にさえぎってジトッとねめつける。
「いえ、でも、あの船は魔道士以外の乗船を強く拒否します。僕が行く以外に方法が——」
「じゃあボクも魔道士になる!」
スリアンはまるで子供のようにだだをこねた。
「雷の魔女みたいに、レンジ茶を飲み続ければ魔女になれるのかな? それに君は魔道士を養成する学校にいたんだろ? 一体どんな訓練をしたらボクは魔道士になれる?」
「無茶言わないでくださいよ」
サイはどうにかスリアンをなだめようとするが、スリアンの勢いは止まらない。
「今日から早速レンジ茶を飲むよ。効果が出るまでどのくらい時間がかかる?」
「だから、無理なんです。ある程度使える魔道士になるには資質……最低でもヤーオ族由来のDNA……血が必要なんです。今回の人質事件でそのあたりはっきりしたじゃないですか!」
「でも!」
「タースベレデの王家がもともと行商人だったって話は前に聞きました。過去どこかでヤーオの血が混じったって話はありますか?」
「うーん、どうなんだろうな?」
「僕はないだろうと思いますよ。スリアンの、その宝石のようなグリーンの瞳。それは逆に、どう逆立ちしても魔道士にはなれないっていう
「そんなっ!」
「それに聞いたでしょ? レンジ茶の正体は僕らが憎んでいるヘクトゥースそのものですよ! ヘクトゥースを撲滅するためにヘクトゥースに頼るなんて、そんなおかしな話はないですよ!」
「でもっ!!」
「スリアン、ちょっと落ち着いてください!!」
サイはスリアンの両肩をおさえて強く揺すぶった。
「もしも仮に僕がここの領主を務めることになったとして——」
「それは仮定の話じゃない。ボクは君に魔導公としてこの街を治めて欲しいと心から思っている。ボクだけじゃない!
「だったら、なおさら国外から麻薬が持ち込まれるのを指をくわえて見ているわけにはいきません。今回はオラスピアの協力があってたまたま水際で阻止できましたけど、次も同じようにやれる保障はありません。その上これはその場しのぎです。それはわかりますよね?」
スリアンの瞳がようやく焦点を取り戻した。
「……う、うん」
サイはようやく正気を取り戻したスリアンの肩から手を下ろし、彼女の目をじっと覗き込みながら意識してゆっくりと話す。
「水際ではなく、そもそも向こうから送られてこないようにすることが唯一の解決策です」
「ま、まあ、そうだね」
「人質になっていた女性達はもちろんですが、ヘクトゥースで無理やり能力をねじ曲げられ、いいように使われた魔道士達も被害者といえば被害者です。そんな人をこれ以上出したくありません」
「う、うん」
「僕の望みは、ヘクトゥースで運命を狂わされる人間をこれ以上一人も出さないことです。判ってくれますよね」
スリアンはサイの瞳を見つめ返し、サイの悲しげな表情に気付いて心臓をつかまれたようなショックを受けた。
恐らく、彼の脳裏には血まみれで息絶えた幼馴染みの姿が今もありありと浮かんでいるのだろう。そのこと気付いてしまうと、もうこれ以上反対はできなかった。
「わかったよ、サイ」
スリアンはため息と共にそう答え、さらに勇気を振り絞って一言付け加えた。
「だったらさ、サイ、ボクと結婚してくれないか?」
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