第204話 スリアン、諭される
「それはつまり、どういう?」
「あー、悪い悪い、いきなり脈絡のないこと言い出しちゃって」
ユウキの頭の中ではそれなりに筋道が通っていたのだろうが、サイにはそのロジックがわからず困惑する。けげんそうな表情のサイに気付いたのか、ユウキは後頭部をかきながらばつが悪そうに笑った。
「それより、もう少しこいつを調べていこう」
かと思うと、ユウキは不意に表情を引き締めて船倉の方を指さす。
サイに異論はない。もともとそのつもりでこの船に潜り込んだのだ。
「この船の乗組員は?」
「うん。昨日も説明したが、全員が自害した。遺体はディレニアの方に安置してあるが、見るか?」
何でもないことのように言われ、サイは表情を歪ませる。
「あ、いえ、遠慮します」
「一応、遺体から回収した装備品もあるが?」
「そっちの方はできれば見たいです。何かの手がかりがあるかも知れませんから」
物言わぬ遺体から得るものはほとんどないだろうが、持ち物は気になる。
「うん。じゃあ、あとでそれも手配しよう」
ユウキは頷き、暗くせまくるしい通路を先に立って歩き始めた。
「ずいぶん遅いな」
サイとユウキが調査におもむいてとうに一刻が過ぎた。
ほとんど手をつけないまままますっかり冷え切った緑茶のカップは新しいものに取り替えられた。それをきっかけにスリアンはソファから身を起こし、落ち着かない様子で背後の扉をチラチラと見やる。
「大丈夫ですよ。ユウキがそばにいる限り危険はありません」
「しかし、陛下はご存じないのですか? 今は魔法が使えなく——」
「承知しています。大丈夫。見た目は確かに頼りないですが、ユウキは剣技もそこそこですよ」
予定の時間を超えても、女王フォルナリーナの表情は深い森の湖面のように静か凪いでいる。そのあまりの落ち着き振りにスリアンは理由のわからないかすかないらだちを覚えた。
「スリアン殿下、貴女はもう少しご自身のパートナーを信じる努力をするべきだと思う」
カップから口を離し、女王は不意にそんなことを言う。
「別に信じてないわけじゃなんだ! いえ、ないんです」
「フフ、別に口調を気にしなくてもいいわよ」
小さく笑われてスリアンの頭にさらに血が上る。
「でも、サイはボクがちょっと目を離した隙にどこかに行っちゃって、そのたびに大ケガをして死にかけるんだよ。もしも彼が——」
「そんなに過保護だとこの後辛いわよ。多分、いえ、ほぼ確実に彼はこの大陸を離れることになるのだから」
「え!!」
思わず大声を上げたスリアンに、フォルナリーナは諭すようにゆっくりと指を折る。
「殿下、落ち着いて考えましょう。いい、まず一つ。ユウキとサイ君が今調べている船は、間違いなく私たちの大陸とは別のどこかから送り込まれた。それは認めるわよね?」
フォルナリーナ女王の冷静な分析に、口をとがらせ無言で頷くスリアン。そんな彼女を見つめながら、女王はさらに言葉を継ぐ。
「二つ目。あんな見たこともない特殊な船を作り上げ、任務が失敗すれば即座に自害するだけの覚悟をもった乗組員をそろえ、はるばる荒れ狂う大洋を越え、高純度に精製された麻薬を大量に持ち込んでくる……その背後には、明らかにこの大陸の民を害そうとする高度、かつ邪悪な文明の存在がうかがえます」
「……それは、確かに」
「だとすれば、です」
静まりかえった室内に、カップをソーサーに戻す音が妙に耳障りに響く。
「私たちが取るべき対応は大きく二つ。プランAは、彼らの大規模な侵攻に備えて国の守りを固めること。先に言ったように、全ての国が力をあわせる必要があるわ」
「……そうですね」
「さらにプランB。敵の正体を知るために、誰かが敵の本拠に忍び込んで——」
「それをサイにやらせるっていうの!! そんなのダメだよ! 許可できない! いくらなんでも危険すぎるっ!!」
「では、誰に? お国に、それだけの能力を持つ人材が他にいらっしゃいますか?」
「騎士団の……たぶん軍にだって——」
「敵の侵攻にそなえ、訓練された戦闘集団は極力削るべきではありません」
「だったら、うちの人間じゃなくていい。そうだ、マヤピスの
「まあ、それも確かに一案です。ですが、他国のスパイが持ち込む情報を殿下は信用できますか?」
「え!!」
スリアンは絶句した。
そのまま苦々しい表情で天井を見上げ、やっとの思いで言葉を紡ぎ出す。
「別にサイ……
「いますが、ウチは手が出せません」
スリアンの目が驚きに大きく見開かれた。
「どうして……」
「正体不明の敵の本拠に潜り込む方法がネックなんです。確保した不審船を使うのが最善ですが、ユウキの話では、あの船、魔道士しか操れないんです」
「ですから、貴国にだって黒の魔道士……」
「残念ながら、ユウキには別にやってもらわなくてはならないことがあります」
「それは?」
「殿下は、ユウキの真名をご存知ですか?」
「
「いいえ。〝
「マヤピスって……」
「ええ、私の名前がフォルナリーナ・アーネアス・オラスピアであり、貴女の名前がスリアン・パドゥク・タースベレデであるように。その意味はおわかりですね」
「彼が……マヤピスの?」
「ええ、無理やり押しつけられたと本人は迷惑がっていましたが、彼がマヤピスの実質的なオーナーです」
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