第200話 サイ、帆船ディレニアへ向かう

「一国の女王がそんな気軽に他国をうろついていいものなんですか!?」


 サイは思わず声を上げた。


「まあ、良くはないでしょうね。実際密入国だし」


 小さく舌を出し、いたずらっぽく笑うフォルナリーナ。


「でも、今回の件はオラスピアうちの内政にも絡んでいるの。最近オラスピアの国内で違法薬物が出回っていて、ユウキがその根絶に走り回っている」

「……ええ」

「で、色々調べていくうちに、違法薬物の出所がここ、ゼーゲルの街であることが判ったわ。今回の戦争のだいぶ前から、ここは違法薬物の中継地点だったみたいね」

「中継?」

「ええ、大陸の外から 大量に持ち込まれているらしいって。ユウキから聞かなかった? まったく、ここの行政官は何を考えていたのかしら」


 取り方によってはサンデッガへの内政干渉ともとれる発言をさらっと口にして困ったように眉をしかめるフォルナリーナ。


「色々な因縁があって、私達は違法薬物……ヘクトゥースを強く憎んでいる。できることならこの世から消し去りたい」

「それは……」


 サイもその気持ちは同じだった。


「ま、詳しい話はユウキと合流してからにしましょう。では出発!」


 気を取り直したフォルナリーナは御者に短く命じると、馬車はまるで氷の上を滑るように滑らかに走り出した。


「すごいですね、この馬車」


 座席に座ったり、中腰になったりを繰り返しながら、スリアンが感極まったように声をあげた。


「しかし殿下、魔女の馬車ならもっとずっと凄い……」


 まだ機嫌のおさまらないセラヤがはしゃぐスリアンを諫めるようにつぶやくが、スリアンは構わず続けた。


「確かにあれもいい物だけど、外から持ち込まれた製品だし、タースベレデは道が整備されているからどんな馬車でもほぼ揺れない。でも、これは違うよね。石畳のでこぼこがほとんど感じられないくらいだ」

「さすが殿下、一目でそこまで見抜かれるとは……ほとんど正解です」


 サイたちの向かいに座り直した女王は感心した、と言わんばかりに大きく頷いた。


「この馬車を作ったのはオラスピアの馬車職人です。ユウキがおぼろげな記憶を頼りに懸架装置サスペンションの図面を描き、職人たちがそれを元に一から馬車を作る。そうした試行錯誤の結果がこれです。足かけ二年、かかりましたね」

「二年も……」


 スリアンが嘆息する。 


「え、でも、貴国の大魔道士は異世界からの帰還者と聞きました。ならば、向こうの技術をまるごと持ち込めば、もっと簡単に早く——」

「それが、果たして国のためになるでしょうか?」


 サイが思わず挟んだ疑問に、フォルナリーナは真顔で答えた。


「進んだ技術をそのまま持ち込めば人々は手軽に最新技術に触れることができます。それで国民の暮らしが一気に快適になるのも確かです。ですが、試行錯誤を経ず、言わばブラックボックスと化した技術や品物は自分たちで改良や改善ができませんよね。ひとたび故障すればそのまま打ち捨てるしかなく、人々はまた原始的なやり方に戻らざるを得ません。果たしてそれは正常な技術の発展と言えるでしょうか?」


 その言葉に、サイははっと胸を突かれたような気持ちになった。


「この世界には、かつての文明の痕跡が数多く残されていますよね。サイさんが着ておられる軽鎧、これは堅くて軽い謎の材質で、武器職人には再現できません。あと、殿下やサイさんが佩かれている短剣や長剣。白くツヤのある恐ろしく頑丈な刀身はどんな刀鍛冶にも作れません。まさに神々が作りたもうた神器です」


 サイは、スリアンが無造作にサイに下賜した王家由来の短剣がそれほどの名品だとは知らなかった。


「そもそも、あなた方魔道士が身につけている魔法結晶、そしてこの世の魔法さえ、元々どこかからこの世界に持ち込まれた物だと私は推測しています。サイさんは、その意味をじっくり考えたことはありますか?」


 返す言葉を見つけられず、サイは押し黙った。





 そのままなんとも微妙な空気が車内を満たし、無言のままの四人を乗せて馬車は港に走り込んだ。

 一番長い桟橋には、オラスピアが誇る快速帆船、王室傭船ディレニアが停泊していた。

 霧雨も次第に晴れ、シャープなシルエットの真っ白な船体は目にも爽やかに映る。だが、オラスピアが簒奪されドラク帝国と名乗っていた時期には、船体は黒一色に塗り込められ、十数門の大砲が積まれた軍船として運用されていたという。

 そんなことを説明しながら、フォルナリーナは先に立って舷側に下ろされたタラップを軽やかに駆け上がった。


「船長はいるかしら? あと、ユウキも。お客様をお連れしたわ」

「あ、姫、スケイリーなら船長室じゃないっすかね。黒のも一緒です」


 近くで作業をしていた乗組員に気軽に声をかけ、彼もまた気安くそれに応える。

 そのやりとりは、王族であるフォルナリーナと一般人である船員との距離の近さを表しているようだった。


「姫?……ずいぶん慕われているんですね?」


 セラヤはその様子が意外だったらしい。目を丸くして女王にたずねた。


「ええ、オラスピアは革命政権ですから。この船の乗組員の大半は当時私と共に戦った仲間たちです」

「ああ、なるほど」


 セラヤが頷く。

 行き交う乗組員のほとんどが気安く声をかけてくる光景はスリアンにとっても興味深かったらしく、次から次へと話しかけられ、なかなか前に進めないのを逆に面白がりながらのんびりついて歩く。

 ようやく船長室にたどり着いて扉を開けると、中にはユウキともう一人、若い男が一行を待ち構えていた。


「待ってたよ」


 部屋の中には一抱えもある木箱が運び込まれていて、その側面には魔道士のマントと同じ紋章がくっきりと染め抜かれていた。

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