第197話 魔道士ユウキ・タトゥーラ

「……ずいぶんと懐かしい響きですね。二度とその名前を耳にすることはないと思っていました」


 しみじみと思い出を振り返るような口調で答えながら、ユウキは三人に向かって複雑な笑顔を見せた。


「おたずねの〝日本〟は、この世界と裏表に存在する異世界だと私は理解しています。独裁者ドラクが差し向けた暗殺者から逃れるため母は乳飲み子の私と共に異世界にほんに逃れたようです」

「……ということは、貴殿はもともと異世界にほん人ではない?」

「ええ、こちらの出身です。恐らく父ダイソックがヤーオ族の出身だろうと」


 スリアンが挟んだ質問に、ユウキはあっさり首を縦に振る。


「その後、父王の国を取り戻すため大魔道士ダイソック・タトゥーラの助力を願う王女、フォルナリーナ・アーネアスに請われ、こちらに戻ってきました」

「……やはり。あなたの名前はあちら風だと思っていました」


 頷くサイ。一方ユウキは唇をきゅっと引き絞って小さく首を振る。


「ですが、異世界に渡るための魔法具グリヤはすでに失われ、グリヤによって開かれた異世界への門ももうありません。私にとっては、日本は二度と訪れることのできない遙かに遠い故郷ふるさとという認識です」

「そうなんですね」


 話し終えて、ユウキはどこか遠くを見る表情になった。それはサイが時折見せる寂しげな表情に似ている。そうスリアンは思った。


「……それにしても、ゴールドクエストさん、あなたはなぜ日本のことをご存じなんですか?」


 そう問い、じっと自分を見つめるユウキにサイは頷き返す。同時に、とても偶然とは思えない出会いに因縁を感じた。


「僕らは、今日、あなたの前にもう一人面会を受けました」

「ええ、階下の食堂ですれ違いました。あいにくと名前までは存じませんが、確かマヤピスの遠耳スパイだったと——」

「彼の本名はナオ・ハマサキです」

「!!」


 その瞬間、ユウキの表情はさっきとは比べものにならないほど大きく動いた。


「ちなみに、僕の向こうでの名前はサイ・ヒエダです。あともう一人、タースベレデの雷の魔女はご存じかと思いますが……」

「ええ、その界隈ではわりと有名な魔道士です。最近はお見かけしてませんが……」


 ユウキが頷くのを待ってサイはさらに言葉を続ける。


「こちらではティトラと呼ばれていたそうですがそれは偽名で、真名まなはトモコ・ノガミ——」

「待ってくれ! 君は、君たちは……全員日本人なのか!?」


 ユウキは思わず立ち上がりかけ、まだ事情を飲み込めていないスリアンとセラヤの怪訝な表情に気付いて再び腰を下ろす。


「いえ、僕は一時的に向こうにいましたが、あなたと同じで出身はこちらです。ただですね、僕の暮らしていた日本と、マヤピスのナオの故郷である日本は、似てはいるけど別世界みたいなんですよ」

「別? 日本がいくつもあるのか?」


 ユウキは、先ほどまでの落ち着きはらった印象とは打って変わって、若者らしい荒削りな感情をあらわにしていた。


「ええ。それに、むこうとこちらを行き来する方法もそれぞれ違います。僕は正体不明の女神に強制的に転移させられましたが、ナオ・ハマサキの世界とは今もある程度自由に行き来できるそうです」

「マジか!!」


 ユウキは呆れたような大声を上げた。





「失礼しました。それに、殿下にはまったく意味不明なお話だったかと」


 しばらくフリースしたように絶句した後、ユウキは気を取り直してスリアンに深々と頭を下げた。


「いいや、構わないよ。トモコは過去ボクに仕えてくれていたから、そのあたりの事情はある程度把握してる。サイがこの世界と別のどこかでしばらく暮らしていたことも聞いてるよ。でも、貴殿までもが同類だとは思わなかったな」

「同類……」


 ユウキはつぶやくと、居住まいを正して表情をあらためた。


「詳しく情報交換したいのですが、まずは今回の面会目的を先に片付けたいので……」

「そうだね。では、改めて話を聞こうか」


 スリアンもまた表情を引き締めた。


「では。先日我が女王にご依頼いただいたゼーゲル湾の監視結果についてです」


 ユウキはふところから折りたたんだ皮紙を取り出すとゆっくりと広げた。


「この紋章にお心あたりは?」

「あ!」


 サイは思わず声をあげた。


「それは、魔道士団のマントに描かれていた……」

「やっぱりそうですか」


 ユウキはため息をつくとさらに一枚の地図を取り出した。


「手描きで恐縮ですが、これは私達の大陸の地図です」


 言いながら、角の取れた歪な長方形の上辺左端を指先で突く。


「このえぐれている部分がゼーゲル湾で、湾の一番奥、山脈からマヤピス川が流れ込んでいる場所がここ、ゼーゲルの街です」


 全員の顔に理解の色が広がるのを待ってユウキはさらに続ける。


「ゼーゲル湾が天然の良港で、海上輸送の要衝かなめであることはご存じの通りです。自然、各国の貿易船が集まり商人が集う。でも、人が多く集まる場所には良からぬやからも出入りします。この紋章は最近我が国でも勢力を伸ばしつつある宗教団体のシンボルマークですが、私の知る奴らの本拠はこの大陸ではありません」

「それはどういう……?」


 スリアンが怪訝な声をあげた。それに応えるように、ユウキは、地図の描かれた皮紙の外側を突く。


「ここです」


 一瞬、その場の時が止まった。


「島しょ国家?」

「いえ、別の大陸です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る