第196話 黒髪の使者ふたり

「スリアン次期女王陛下におかれましては——」

「あ、そういう堅苦しい口上はいいからさ」


 ナオの形式張ったあいさつを遮るようにスリアンが口を挟む。


「来客が立て込んでるんだ。そこに座って。用件は手短に頼むよ」

「あ、では失礼して」


 一瞬きょとんとした表情を浮かべたナオは、すぐにいつもの飄々とした態度を取り戻した。


「……どうぞ」


 すぐにセラヤがナオの前に黒豆茶のカップを差し出す。彼はそれに口をつけ、意味ありげにニヤリと笑う。


「ほう。地獄の亡者すら飛び起きそうですね」


 マヤピスの密偵ナオが気にいらないセラヤは、半分嫌がらせで気付け用に用意した極苦の黒豆茶をそのまま出したらしい。だが、それだけ露骨にアウェー感をかもし出してもナオは一切ひるむ気配を見せなかった。

 セラヤもナオも表面上は笑顔だが、二人の間でバチバチと激しい火花が飛ぶのが目に見えるようで、サイの背中に冷たい汗が流れる。


「さて、本日お伺いしたのは他でもありません。ゴールドクエスト閣下におたずねしたいことがございまして」

「え、僕?」

「ええ」


 カップを平然とソーサーに戻し、ナオはぐいと身を乗り出した。


「ゴールドクエスト閣下はすでに——」

「あ、普通に名前で呼んでくれませんか? そんな偉そうな呼び方をされてもなんだか自分じゃないみたいで……」

「ああ、そう?」


 ナオはこの場で一番地位が高いスリアンの方をチラリと見やり、彼が小さく頷いたのを見て表情をやわらげる。


「じゃあ、これまで通りサイ、と呼ぶよ」


 そう言い直すと、ナオはカップを持ち上げて中の液体をぐいと飲み干し、セラヤに向かって一瞬勝ち誇ったような表情を向けると、ぐぬぬと顔をしかめるセラヤを放置して膝の上で両手を組んだ。


「君も知っての通り、俺は街を占領していた魔道士団に潜入調査をしていた。で、成り行き上、団員達と共に都市の東門を強襲したタースベレデ軍へのもとに出向いたんだが、そこで不思議なことが起きた」


 話しながら、反応を伺うようにサイとスリアンの顔を等分に見やる。


「戦闘開始の直後、魔道士団の魔道士たちは全員魔力を失ったようなんだ。なんの前触れもなく突然、ね。もちろん大騒ぎになった」

「……ええ」

「それからもう一つ。ほぼ同じタイミングでマヤピスを統べる人工知能、アーカイブとの接続が途絶えた。その後今に至るまで連絡は途絶えたままだ。俺が思うに、この二つは同じところに原因があるような気がするんだが?」

「……へえ」


 相槌を打つサイに、セラヤが「余計なことを言うな」とでも言いたげに目配せを投げてくる。


「シタンの呪文ですよ」


 サイはセラヤに小さく頷き返すと、当たりさわりのない最低限の情報を開示する。


「呪文? それはどういうことだ?」

「彼はどこかから魔法を無効化する方法を手に入れていたみたいです。僕に斬りかかるタイミングで呪文を発して、その瞬間、僕も魔法が使えなくなりました」

「なんだ! 君もなのか……」


 目覚める前、魔法支援衛星の理彩(のAI)から聞いた話はあえて伏せた。


「よっぽど僕が魔道士であることが気にいらなかったんだと思います。まさか味方まで巻き添えにするとは思いませんでしたけど」

「まあ、いかにもプライドの高そうなお坊ちゃんだったしなあ。で、君は大丈夫だったのか?」

「いえ、大丈夫じゃありま——」

「エヘン!」


 セラヤが不自然な咳払いをしてサイの言葉を遮った。ナオはそれに気づいたようだが、なぜか深く突っ込んではこなかった。


「……なるほど。シタンはそれについて他に何か言っていたかい?」

「いえ、卑しいヤーオが貴族を超える力を持つのは許せない、とか、人種差別的な恨み言をくどくどと……」

「じゃあ、マヤピスについては何か言ってなかったか?」

「いえ、特に何も」

「……そうか」


 ナオはそれきり沈黙すると、腕組みをして考え込む。


「あの、そろそろお時間で……」

「あ、じゃあ帰ります。お時間を頂きましてありがとうございました」


 結局ナオはセラヤに声をかけられるまで口を開こうとはせず、心ここにあらず、といった様子でさっさと退出していった。


「無理やり押しかけてきた割には帰りはあっさり。何だか妙だったね」


 スリアンが呆れたように空になった椅子を見つめる。


「どうも、僕らが何かしたと疑われていたみたいですね」

「まあ、タイミング的に両軍が衝突した瞬間だったらしいし、それ自体は仕方ない。でも、後半の反応が妙だったな」

「マヤピスに影響が及ぶのを恐れていたような感じですが……」

「そうだなあ。彼はなかなか腹を割って話してくれないから、何を考えているのかさっぱりわかんないな」


 スリアンは不満そうに鼻をならすと、不意に何かを思いついたように顔を上げた。


「あ、そうだ。ところでサイ、人工知能っていうのは一体何の——」

「口を挟んですいません。お二人とも、次の面会が間もなくですよ」


 セラヤが空になったカップを片付けながら二人を促し、二人は話を打ち切ると次の来客に備えた。





 セラヤに先導されて次に部屋に入ってきたのは、扉の枠に頭がつっかえそうな、かなり背の高い青年だった。全体的に細身のプロポーションながら肩や腕は太く、太腿も筋肉で盛り上がっている。魔道士と言うより、騎士という表現がぴったりくる鍛えられた体型だった。その上、この大陸では珍しい(はずの)黒い瞳と黒髪がサイ達の目を引いた。

 昨日から、会う人会う人ほぼ全員が黒目、黒髪だらけなので、サイはそろそろその常識を疑いたくなっていた。


「お初にお目にかかります。私はオラスピア王国の魔道士、ユウキ・タトゥーラ。オラスピア王国女王、フォルナリーナ・アーネアスの名代で参りました」


 ユウキは魔道士のマントをばさりとはだけて武器を持っていないことを示すと、胸の前で右手を水平に掲げて深く頭を下げた。

 サイはそんな彼の胸に輝く高位魔法結晶のブローチを見て目を見張ったが、スリアンは彼の名乗りを聞いて何かを思い出したように小さく息を飲んだ。


「あー、もしかして、君は先代オラスピア王ビムロスの腹心、ダイソック・タトゥーラと何か縁があるのかい?」

「……古い話をよくご存じですね」


 ユウキ・タトゥーラは意外そうに目を見開いた。


「ええ、ダイソックは私の父です。とは言え、私が赤ん坊の時分に死別していますのでまったく覚えはないのですが……」

「……ああ、それは申し訳ないことを訊いた」

「いえ、謝罪には及びません。それよりも殿下、私からも一つうかがってよろしいですか?」

「え、いいよ」

「私の記憶が正しければ、殿下はペンダスの商人貴族からタースベレデ王家に養子に入られた外のお方のはず。しかしご尊顔を拝しますに、どう見ても女王陛下の御血縁としか思えませんが?」


 ユウキの指摘にスリアンは苦笑いした。


「あっさり見抜くね。ああ、ボクはもともと女王の実の子だよ。恥ずかしながら王位継承権がらみでウチの王宮内が荒れそうになってね。表向き死んだことにして一旦は身を引いたんだ」

「ああ、なるほど。そういう……」


 ユウキはそれだけで理解したらしい。何度も頷くとゆっくりと腰を下ろした。


「あの。僕からも一つ聞いていいですか?」


 この際なので、サイはユウキの名乗りを聞いてからずっと気になっていたことを思い切って訊ねてみることにした。


「ユウキさん、あなたは〝日本〟という国の名前に心当たりはありますか?」


 その問いに、ユウキ・タトゥーラは無言のままわずかに目を見開いた。

 

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