第195話 予期せぬ客人
「スリアン殿下、マヤピスの使者と名乗る男が殿下とゴールドクエスト閣下お二人に面会を申し込んできました」
一行がタースベレデの出先機関、ウミツバメ亭に落ち着いてほどなくして、門番を務めていた若い兵士がサイの部屋に飛び込んで来た。
そこは店で一番広く豪華な部屋とその続き部屋で、包帯で胴体をグルグル巻きにされたサイはもちろん、スリアンとセラヤもその場に同席していた。
「なんでサイがここにいることを知ってるんだい? それに今は取り込んでいる。後日に改めてもらえるよう伝えて!」
「いえ、それが、大至急、しかも直接お目にかかりたいとのことで、いくら断っても引かないんです」
兵士の報告にスリアンは眉をしかめる。
「使者の役職と名前は?」
「ええ、マヤピスの〝ナオ〟とだけ」
スリアンは思わずセラヤと顔を見合わせた。
何かとサイにまとわりついてくるマヤピスの密偵の名前だが、サンデッガ王との戦いではサイの命を救う功績もあった人物だ。邪険にはしにくい。
「サイの容態については?」
「申し上げておりません。一応、長時間の面会は差し障りがあることのみご説明差し上げたのですが、短時間でも構わないからと……」
「むう」
スリアンは不満そうに頬をふくらませるが、すぐには否定しなかった。
「どうする? サイ?」
考えあぐねたスリアンは、痛み止めの薬湯が効いてぼーっとした様子のサイを心配そうな表情で見やる。
「えー、別に僕は今すぐ会ってもいいですけ——」
「いいえ! 準備に多少お時間を頂きます! 半刻ほど後なら面会に応じると伝えてください」
サイの言葉をセラヤは鋭い口調でさえぎり、さらにサイのケガの具合については絶対に口外しないよう兵士に強く言い含める。
深くお辞儀をしたまま兵士が退出すると、セラヤは猛然と動き始めた。
「殿下、申し訳ありませんが今すぐサイに軍装を着せてください。脇腹のケガを気取られぬように中にコルセットも着けて! できれば軽鎧くらいは身に着けた方がごまかせるかもしれませんね。私は気付けにうんと苦い黒豆茶を煮立てます!」
「でも、そこまでする必要は――」
「必要です! マヤピスの遠耳はずる賢いことで有名です。味方のような顔をして近づき、ちゃっかり情報を抜き取っていくに違いありません!」
セラヤはそう断言する。
「たとえそうでなくとも、いずれこの街の領主になるべき人物が、国外の人間に弱みを見せるわけにはいかないと思います。ただでさえ旦那様は背がお小さくて舐められがちなんですから」
「……ま、そうだね」
スリアンはサイをちらりと横目で見ると、苦笑いしながら頷いた。
と、そこに再びノックの音が響く。
「なんだい?」
「殿下に申し上げます。今しがた港に接岸した帆船ディレニアから使者が参りました。オラスピア女王国のユウキ・タトゥーラ様とおっしゃる方が、殿下と領主殿に至急お目通りを願いたいと……」
席を外しかけたセラヤは、その名前を耳にしてピクリと立ち止まった。
「ユウキ・タトゥーラ?」
「確かオラスピアの魔道士の名前だ。フォルナリーナ・アーネアス女王の懐刀だね。数年前、野に下っていた女王が独裁者ドラクから国を取り返したクーデターの影の立役者とも言われている」
セラヤのいぶかしげな声にスリアンは頷きながら答える。
「ディレニアにはゼーゲル湾口で船の出入りを監視してもらってたんだけど。まさか黒の魔道士が乗船しているとは知らなかったよ」
結局、面会はナオ、ユウキの順で、サイの体調を考えて途中一刻ほどの休憩を挟むことで話がまとまった。
「うへぇ、なんだこれ? 黒豆茶ってここまで苦くできるものなんだ」
「うるさい、時間がないんですからつべこべ言わずさっさと飲み干してください!」
「って、これ全部? なんだかドロッとしてる。人類の飲み物じゃないよ、これ」
「どうやら無理やり流し込まれたいようですね、旦那様は」
「イヤだよ、飲む、飲むから」
セラヤになかば脅迫され、サイはまるで黒インクのような漆黒の液体を無理やりのどの奥に流し込んだ。
「うぇあああ! 苦い!」
「すぐに頭がシャキンとしてくると思います。マヤピスの人間なんて油断なりませんから、くれぐれも余計なことを口走らないでくださいね」
「……判ったよ」
目尻に涙を浮かべながらサイが頷く。
「それにしても、このタイミングで立て続けに面会とは」
「多分……いや、間違いなく魔法が消えたことと関係しているだろうね」
セラヤとスリアンが推測を口にする。
「あ、でも、ナオとは敵のアジトに突入する直前に会ってますよ。魔道士に変装してアジトに潜入していた——」
それを聞いてセラヤの眉がピクリと跳ね上がった。
「まさか旦那様、変なこと言わなかったでしょうね?」
「本当に信用ないなあ。どっちかというと向こうの告白を聞いた形だよ。彼の真の目的はヘクトゥースを根絶やしにすることで、マヤピスの思惑とは直接関係ないって」
「スパイはそうやって狙いをつけた人間の懐に入り込むんです!」
「えーでも、彼は雷の魔女の想い人でしょう? 雷の魔女が魔女にされたのも、ヘクトゥースが絡んでるって」
「だから、それはお人好しの旦那様を信用させるための口実で——」
「うーん、まあ、完全にウソってわけでもないんじゃないかな?」
「え〜、殿下までそんなぁ」
水を差すようなスリアンの一言に、呆れたような声を上げるセラヤ。
「雷の魔女が過去にヘクトゥースを使った洗脳を受けたのは本当だよ。ボクは魔女から直接聞いた。それに、悪い奴に操られてナオを危うく殺しかけたのも事実で、彼女はそのことを深く悔やんでいた」
「……へえ」
「ボクが彼女と出会ったのは、彼女が自分を操った黒幕を探してる時だったし、その後彼女が
「え? 仇って……ナオは死んでませんよね?」
サイが驚いて口を挟む。
「まあ、結果的には誤解だったんだけどね。彼女はずっとそう思い込んでいた」
「……ああ」
サイはため息をつく。
「僕の境遇とも少し似てます」
「ああ、そうだね。ヘクトゥースは色んな人を不幸にする。あんなもの、絶対にない方がいい」
それきり、部屋には沈黙がおりた。
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