第193話 理彩との再会
「サイ君はさあ、 ちょっとばかり不注意だよね」
理彩はコーヒーをずずっと一口すすり、目を細めてあきれたように言った。
「仕方ないだろ? まさかあの場面でいきなり魔法が消されてしまうなんて思いもよらなかったし」
それに対し、サイは肩をすくめて言い訳をする。だが、理彩は顔をしかめて責めるような目つきで彼を見た。
「まあ、それはそうだけど、魔法に頼りきりで護身用の武器一つ持たず敵地に潜入したのは正直、考えが甘かったと思うよ」
「むう、でも、あいつらだって魔道士なんだぞ。突然魔法が使えなくなったら自分たちだって巻き添えを食うのに、まさかあんないきなり……」
考えてみれば、街の東門に迎撃に向かった魔道士たちもタースベレデの兵と戦闘中だったはずだ。突然魔法が使えなくなればさぞや困ったはずだ。それすら構わずサイの魔法を消し去りたいと考えたのだとすれば、よほどシタンに憎まれていたか、あるいはサイの魔法を恐れていたのだろう。そのことを自覚してサイは一気に気がめいった。
ふうと大きなため息をつくと、サイは少しでも気分を変えようと部屋中を見回す。
見覚えのある間取りや家具の配置から、どうやらここは理彩の自宅がテロリストに破壊され、避難生活を送ることになった賃貸マンションのダイニングらしい。それほど広くないマンションに理彩と二人暮らしということで、彼女と一番よく言葉を交わしたのもこの時期だったように思う。だが。
「ところで理彩、どうして僕は突然こんな所にいるんだ? もしかして——」
「もしかして?」
サイの言葉に、理彩はいたずらっぽい表情になると身振りで先を促す。
「また死んじゃってこっちに転生させられた、とか?」
途端に理彩は声を上げて笑いはじめた。
「あはは、そんなわけないでしょ。確かに君のケガは酷いけど、マイクロマシンがフル回転で修復中。決して命を落とすことはないよ」
「ええ、でも、アーカイブは魔法と同時に停止させられたんだろ? だったら——」
「ふーん、なるほど。そういう理解になっているわけね」
理彩は笑いすぎて目尻ににじんだ涙をぬぐいながら、したり顔で頷いた。
サイはその横顔を眺めながら、彼女の顔つきが一緒に暮らしていた時よりいくらか大人びていることに気づいた。あの頃の彼女は、こんな憂いを含んだ表情はしなかったように思う。
「サイ君は、私と暮らした日本と、サイ君のふるさとでもあるこの世界がどう関わっているか理解してる?」
突然たずねられて面食らうサイ。
「え? 関わり? ええと、魔法衛星のAIがシンシアって名前らしいから、まったく無関係じゃないだろうとは思ってるけど……その先は正直さっぱり」
「ふむ。私としても賭けだったんだけど、やっぱり繋がってたんだね。というか、今ここで君と話ができている時点で関係は明らかだ」
「あ、あの?」
サイは困惑の色を浮かべながら理彩を見つめた。
「ああ、ごめん」
困惑するサイを見て、理彩はわずかに申し訳なさそうな表情を浮かべると、姿勢を正してサイに向き直る。
「あのねサイ君。今君が私と話しているこの空間は現実じゃないの。もちろん君の世界でも、私の世界でもない。巨大なコンピュータのメモリ空間に作られた仮想の空間なんだ」
「は?」
「君の世界の〝地球〟……とは限らないのか。ともかく、君らの
「ああ、理彩の会社が運用していた多用途支援衛星AI——」
「——の、クローンだね。シンシアは君がいなくなった後、衛星制御用のAIとして大量に製造されたんだ。君の頭上に浮かんでいるのはそのうちの一基。そして、この空間はシンシアのメモリ内に構築された仮想空間なんだよ」
「ということは、あのドアを開けて外に出ても……」
言いながらダイニングのドアを指さすサイに、理彩は苦笑めいた笑顔を向けた。
「うん、そう。そもそもドアは開かないし、外には何もない」
「何もない?」
「うん。技術的にはドアの外にも仮想空間を構築すれば出られるけど、あの当時のマンションや街の三次元データはストックされてないから」
「……あの当時?」
サイは理彩の言葉が耳に引っかかって思わず聞き返す。理彩は〝しまった〟という表情で一瞬黙り込むと、唇をぐいと引き絞って身を乗り出した。
「サイ君、落ち着いて聞いてね。今君の目の前にいる私は、あの頃の私じゃない。それどころか、もはや人間ですらない」
「え? ちょっ? どういうこと?」
「今、こうして君と話している私は、シンシアが保管している
理彩は驚くサイををやわらかな微笑みで受け止めつつ、その様子はどこか寂しげだった。
「私は君と再会できたことがとても嬉しいよ。だけど、今の私はただのデータ。本当の私はもう……」
理彩の言葉が途切れ、その瞳が薄い涙の膜で覆われた。
「でも、理彩、君はあの頃とまったく変わらない……」
「アハハ、そりゃそうだよ。見た目どんな年齢にだってなれるんだから、わざわざ年老いた自分の姿を見せたい女なんていないって。それに、この姿の方が君にはなじみがあるでしょ?」
彼女はそう言って思いを吹っ切るように明るく笑うと、サイの背中をパンと叩いた。
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