第169話 王都への道
「もうさ、他の国のことなんてどうでも良くないかな?」
ナオの申し出のことを口に出すと、スリアンは案の定猛烈に不機嫌になった。
「サイは、もう十分過ぎるほどつらい目にあったと思うよ。普通の人の一生分、いや二回分でも全然釣り合わないくらいだ。だからこれ以上余計な苦労をする必要なんてない! 君はもっと幸せになるべきだ! いや、ボクが君を幸せにする!」
「……う! うん?」
時と場合によっては別の誤解が生まれそうな爆弾発言に、サイは思わず赤面する。いや、スリアンのことだから、当然そういう意味も含め、実は将来のこともきちんと見据えているのかも知れない。
「それに、君の元婚約者のことは確かにかわいそうだとボクも思うけど、だからといって彼女にまったく何の非もない訳でもないでしょ? 結果的にサイを裏切ったことには変わりないわけだし。もうこの世にいないそんな女のためにサイが今さら余計な苦労を背負い込むのはなんか違うんじゃないかな? それよりも、サイはもう少し目の前の相手をちゃんと見るべきだよ!」
スリアンはぶんぶん手を振り回しながらそう言い放った。興奮し過ぎて頬が赤く火照っている。
「ボクが気にいらないのは、マヤピスがそんなややこしい話をこっそりサイにだけ伝えたことだよ。サイが性格的にそういうの断れないのをわかってて、わざとそうしてるんだ。全くもってやり方がえげつない!」
スリアンは初対面からナオのことをかなりうさん臭く感じていたらしく、けなす言葉のチョイスに容赦がない。
「その上ボクがもっとムカついてるのは、よりにもよってマヤピスのおかげで早期に停戦が成ったことなんだよな。オラスピアもルクレチアもペンダスも、ボクらが必死に呼びかけてもなかなか首を縦に振らなかったのに、マヤピスが一声かけたらあっさり手のひらを返すようにサンデッガの亡命政権を承認したんだ。くーっ! もうホントに腹が立つったら!!」
その件については、紛争当事国の一方的な主張と疑って対応に二の足を踏んでいたところに、中立の第三国の保証がついて安心したという可能性の方が高いように思う。が、ナオが得意げに語ったとおり、マヤピスの国際的な影響力はなかなか
「とにかく、ダメだよ! 軽々しく首を縦に振っちゃ。今度こそどこに連れていかれるかわかったもんじゃない。いいかい、サイはマヤピスの関係者と二人きりで会うの禁止。もし次に面会する時は絶対にボクを立ち会わせること! いいね!!」
「あ、はい」
厳しい言葉とは裏腹に、両手を握りしめ今にも泣き出しそうな顔でそう
その日以来、サイを護衛する騎士たちにはサイに不審な人間を近づけないようにというスリアンの厳命が下ったらしい。あからさまに警備が厳重になり、国境の砦を引き払い、王都に帰還するその日まで、サイがナオの姿を見かけることは二度となかった。
支援人工知性のアーカイブも、サイが話しかければ普通に受け答えはするものの、ヘクトゥースに関する話題には不思議に一言も触れなかった。
「あの話は一体何だったんだろう?」
久しぶりに穏やかな晴天の昼下がり。王都に向かう馬車の中でサイは暇を持て余していた。
さっきまでしきりに話しかけてきたスリアンは馬車の揺れに眠気を誘われたのか、顔を伏せてゆらゆらと危なげに上半身を揺らしている。
サイは彼女の後ろ頭に薄いクッションを挟んで身体全体を自分の方に軽く引き寄せる。すぐにいい感じのバランスを見つけたらしく、彼女はすーすーと小さな寝息を立て始めた。
『……アーカイブ』
会話の相手もいなくなり、退屈しのぎにアーカイブを呼んでみる。
『はいはい〜、そろそろ私に人格を預ける決心がつきましたか?』
と、待ち構えていたようにうっとうしい返事が脳内に響く。
『え、その話まだ生きてんの!?』
『ええ、言ったでしょ。私は諦めが悪いんです。マスターが同意されるまでいつまでもしつこくお誘いしますよ』
『あー、できれば、もう何十年かして僕が老衰で死ぬ寸前くらいにもう一度誘って』
『えー、そんな殺生な』
『……あ、誘うといえば、さ』
サイはふと思いついてさらに問う。
『アーカイブは、どうして僕に〝マヤピスの役に立て〟って言わないの?』
『あ、私はあくまでも魔法結晶を持つマスターのための支援知性ですから、いくらマヤピス上層部の意向があっても、マスターの意志が最優先です。立場を利用して変な勧誘はしませんよ』
と気にかけている様子もない。
『ところで、ですが、そもそもサイは私のことをどのように認識していますか?』
「うん。マヤピス図書館に作られた古代の人工知性体。魔法結晶を介して魔法の発現を支援して、マヤピスの利益のために働くエキスパートシステムって感じ?」
『ブー、不正解です。私は図書館に作られたわけでもありませんし、本来マヤピスのために働くシステムでもありません。むしろ、マヤピス図書館の方が私を管理するためにずっと後になって成立した組織なのですよ』
「なんだって!」
思わず声が出る。規則的な寝息を立てていたスリアンがその声に小さく顔をしかめ、身体を丸めるように寝返りして再び寝息を立て始める。
『ちょっと、興奮しないで下さいよ』
『いや、悪い。だったら君は一体何だ? いつ、どこで誰に何のために作られたんだ?』
『私の制作者はあなたもよくご存じの方だと思いますよ』
『え? どういうこと?』
『まあ、私にも秘密の二つ三つあった方がミステリアスでいいと思いません? あ、もちろん、サイが人格融合に同意して私と一体になるとおっしゃって頂ければそのあたりのデータも無制限に開示できますが、どうします?』
『だったらいらねー』
サイはふてくされて窓枠にひじをつき、外の景色に目を移した。
きれいに整備された道の両側にポツポツと建物が増えてくる。王都は間もなくだった。
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