第166話 停戦
続々と現れた乱入軍兵士の装備は奇妙だった。
身につけている武具や武器はほとんどがサンデッガのものだ。だが、掲げられている軍旗はサンデッガとタースベレデのものがごっちゃに入り交じっている。
突然の王の討ち死にに呆然と立ち尽くすサンデッガの将兵を取り囲んだ乱入軍は、機敏な動作でまたたく間にサンデッガ軍の武装解除を行い、ついで貴人を迎えるように、国境の川から丘の頂上まで二列に並んでひと筋の通路を形づくった。
やがて、甲冑姿の将を乗せた騎馬がゆっくりと列の間を進み、いまだ対峙したままのサイと死せるサンデッガ王のそばで立ち止まると、よく通る声で宣言した。
「戦は終わりだ。これ以上の流血は必要ない。双方、剣を納めたまえ」
サンデッガの兵士がなぜか男の言葉に素直に従いそれ以上動こうとしないのを見て、サイは頭上の溶融した金属球を国境の川に放り込んだ。川の水がまるで爆発のような大音響とともに激しく沸騰し、あたり一面もうもうと立ち上る白い湯気で真っ白になった。
と思う間もなく、白いもやの中から小柄な人影が飛び出してくると、いきなりサイに飛びついてくる。
「サイ!!」
細身の全身甲冑姿で勢いよく体当たりしてきたのは、タースベレデの第二王女スリアンだった。
「痛い痛い痛い! なんでフル装甲でタックルぶちかますんですか! こっちは生身なんです!」
悲鳴を上げるサイに、スリアンはヘルメットをかぶったままゴリゴリと頬ずりをする。
「よかったー! 本当に心配したんだよー!! 大丈夫?」
「いえ、全身ズタボロです。今のでさらにダメージを負いました」
「む、そう言えばサイ、ちょっと匂うね」
サイの憎まれ口に対して大げさに鼻をつまむスリアンに、サイは口をとがらせて彼女を押しやる。
「だったら、ほら、もっと離れて下さいよ!」
「やだよ。ようやく
そのままサイにギューッとしがみつくスリアン。
「行きませんって。これ以上どこへ行くって言うんです?」
「行っちゃうだろ! いつだって、ボクを置いて! 一人で勝手に!」
スリアンは破裂したような勢いでサイに向かって言葉を投げつけると、不機嫌顔を隠そうともせずにぎっと睨みつけた。
「主導権を持っているのはボクの方だと思っていたのにな。いつの間にかボクの方が振り回されてたよ。まったく。ボクの目の届かない遠くでムチャをして、あげくこんなに傷ついて……」
殴られて腫れ上がったサイの頬に右手を添え、彼女は眉をへの字にして泣き笑いの表情を見せる。
「え、でもそれは……」
「うちの兵が、河原で大けがをした意識不明の女の子を保護したとき、彼女がふところにしまい込んでいた君の魔法結晶を見てボクがどう感じたのか。君には想像ができるかい?」
「え? ええと……」
スリアンのただならぬ剣幕に、サイは思わず後ずさりする。
「その子が意識を取り戻して君の消息を教えてくれるまで、ボクがどんな気持ちでいたのか、君にはわかるかい?」
サイが一歩退くとそれ以上に距離をつめられ、そのまま至近距離でじっとりと睨みつけられた。サイは思わず目をそらし、サンデッガの将たちに慣れた様子で指示を出す甲冑姿の指揮官に目を取られて思わず問いかける。
「……スリアン、あの人は誰なんです?」
「あ、ああ!?」
だが、話をそらされたと感じたのか、スリアンは余計に機嫌を損ねたらしい。口をつんととがらせ、ひどくぶっきらぼうに答える。
「サンデッガの外務卿、ペルボック・ソンサルン……まあ〝元〟がつくけどね!」
「え? そんな人がなぜスリアンと一緒に? 敵ですよね?」
意外な答えにサイは目を丸くする。
「ペルボックはサンデッガの宰相も兼ねていた。実質サンデッガ王宮のナンバーツーだよ。王都に逃げ戻った大魔道士アルトカルに指揮官を押し付けられ、崩壊寸前の侵攻軍の
「それがどうしてスリアンと一緒に?」
「うん。彼は我々に投降したんだ」
「えっ!?」
スリアンは答える代わりにヘルメットを脱ぎ捨て、頭をぶんと振って汗で額に張り付いていた髪の毛をはらう。
「ペルボックはもともと戦争反対派だったらしくてね。君が飛び出して行ってすぐに停戦が成立したんだよ。具体的な休戦の話し合いは国権の代表者たる
「え?」
サイはわけがわからず聞き返した。
「サンデッガ亡命政権はわが国に加え、オラスピア、ルクレチアの二国が承認し、図書館都市マヤピスと商業都市ペンダスも同意した」
「と、いうことは?」
「ああ、大陸の半分以上の国家が亡命政権の側についたんだ。禁止された薬物におぼれて正常な判断力を失ったという理由で、サンデッガ王は国際的にもはや王とはみなされていないんだよ」
「はあ?」
「つまり今の彼は、単なる反乱分子の首魁にすぎないってことさ」
一気に語って、スリアンは再びサイの襟首を締め上げるようにしがみつく。
「だから、君が一人でこんな無茶をする必要はなかったんだよ。ボクだって少しは役に立っただろ?」
「あー、はい」
「これ以上ボクに心配させないでほしい」
「えーっと、ごめんなさい」
強い口調とうらはらにうるうると潤んだ瞳で見つめられ、サイは素直にうなづくことしかできなかった。
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