第165話 魔王の誕生、狂王の最後
「あー、自分でやらかしておいてなんだけど……」
天幕の前に駆けつける兵士の数は時間と共に増えてくる。だが、サイに向かって剣を構える兵士たちの顔は不自然に引きつっていて、何だか腰も引けている。よく見れば、剣の切っ先が細かく震えている者もいる。
「なんでこんなにおびえてんの?」
身につけた装備の違いから、おびえた表情を浮かべ次第に後ずさりしているのは、ついさっき乱入してきたのとはまた別の辺境領主の私兵だ。
一方、そんな兵士と入れ替わるように、ギラギラと脂ぎった顔つきでどんどん前に出てくるのはサンデッガ王が直接抱える王都軍所属の兵らしい。
『頭上に渦巻く火の玉を浮かべて堂々出現ですよ、これじゃまるで魔王じゃないですか! おびえられて当然ですよ』
「堂々?……これでもそう見えるって?」
サイは泥に汚れ、ボロボロにちぎれた下着姿の貧相な身体を見下ろすと、脳内に響くアーカイブのつっこみにため息をついた。だが、こんなやせっぽちの無様な姿でも、ひるんでくれるのなら好都合だ。
サイは磁力操作で手近の兵士たちから無理やり剣や金属製の武具をむしり取り、次々と頭上の火の玉……ドロドロに溶けた金属のかたまりに吸い込ませる。
ブンブンという電磁音はもはや耳を聾するほどで、領主軍の兵はその場に武器を投げ捨てて逃げ出しはじめた。一向におびえる気配のない王都軍との反応の違いがいっそう際立つ。
『この反応の差……領主の兵はまだ薬に手を出してないと思っていいのかな』
『そうですね。ヘクトゥースは入手も抽出も難しい稀少な薬物です。量によっては服用した者の人格を大きく損ないますから、末端の兵士にまで飲ませようとするのはよほどのことです』
『入手が難しい? サンデッガでは大量に出回っているけどね』
サイは皮肉を込めて言い返す。
『いえ、そもそもそれが変なんですよ。ドラク帝国が滅亡して以来、ヘクトゥースは大陸のどの国でも禁止されてます。元になるオドリグサを栽培している国もないはずです』
『ああ、それなら調べた。ドラク軍の残党が大量のヘクトゥースと共に山岳地帯に潜伏してる。サンデッガ王はそこから密輸したんだよ』
『うーん、でも、それはちょっと変ですね……』
何が引っかかるのかアーカイブの口調には迷いがある。だが、サイはとりあえず目の前の状況に集中する。
「サンデッガ王! 姿を見せろ! 怖じ気づいたか!?」
サイは大声で叫び、さらに一歩踏み出した。
『だから、そんな悪役っぽいセリフを吐いちゃダメですって。ますます——』
「いいんだよ、悪魔呼ばわりされてボコボコに殴られてたんだ。今さら取り繕ったって意味ない。それに……」
その時、サイの前に十数人の騎士がずらりと姿をあらわした。一般の兵士とは段違いの堂々たる体格だ。上質な武具を身につけ、構える武器はサイがスリアンから渡されたのと同じような、刀身が山羊の乳のように白くつややかに輝く珍しい長剣。見るからに高級武器だ。
「いよいよ虎の子の精鋭部隊が登場って感じ?」
目つきは鋭く、王都の兵のくせに薬に溺れているようにも見えない。サイは磁界をさらに強化して武器を奪おうとするが、騎士達の手から武器が離れない。
「この長剣は金属じゃない?」
『あー、この大陸にはファインセラミック製の刀剣類がごくわずかに出回っているんです』
「もしかして、それも?」
『ええ。創造主がこの世界に遺した、一種の聖遺物ですね。もはや各国の国宝あつかいです。本来こんな戦場に姿を見せるような代物じゃないのですが』
「城から持って来ちゃったんだろうな」
サンデッガの城ごと、内部にあったであろう宝物庫を潰したのはサイ自身だ。
その間にも、騎士は次第に間合いを詰め、サイの背後にも油断なく回り込んできた。
「やばいな。あんなのに本気で斬りかかられたら……」
サイに抜きん出た剣技のセンスはない。魔法を使わない純粋な戦闘経験もゼロに等しい。剣の間合いに入られたらたらまず勝ち目はない。
「なら、先手必勝だ」
思いついて頭上の火の玉を高速で回転させ、溶けた金属のしずくを周囲の騎士達にバシャバシャと振りかけてみる。
「うぎゃあ!!」
「アッ熱っ!!」
ほんの一、二滴とはいえ、一千度を超える溶けた鉄を浴びて〝熱い〟程度で済むはずがない。しぶきを顔面に浴びた騎士たちは武器を取り落とし、両手で顔を押さえてのたうち回る。
そのすきにサイは敵の取り落とした乳白色の剣を一カ所に蹴り集めると、溶けた鉄を上からかけてひとまとめに固めてしまった。
「壊せなくてもこうすれば使えないってね」
虎の子の護衛騎士でも手が出ないと知って兵たちに動揺が走る。
戦場はつかの間の静寂に包まれ、その緊迫した空気を破ってようやく待ちかねた人物が姿をあらわした。
(やっちゃうか?)
サイは迷う。
護衛など無視して頭上の火の玉を輿に落とせば一瞬でけりがつく。
だが、その場合、逆上した生き残りの兵士達が何をするかはまったく予想もつかない。ここは敵陣のど真ん中だ。下手をすれば敵兵を皆殺しにするまでおさまりのつかない可能性だってある。
(それはさすがにやりたくないけど)
葛藤が表情に出ていたのか、サンデッガ王は動きを止めたサイを見てせせら笑う。
「治療師からは効果ありと報告があったはずだが……ヘクトゥースすら弾くか。この怪物め!」
「サンデッガ王、これ以上の争いは無意味だ! おとなしく兵をおさめて王都に帰るんだ!」
サイはサンデッガ王の挑発を無視して呼びかる。一方で、国境の川までの距離を素早く目算する。
(ここじゃ川幅がありすぎるな。うかつに飛び越えればまた打ち落とされるし、そもそもあの服じゃなきゃ空は飛べないか。しかし、泳ぎ渡るには流れが速い……)
「人外の化け物に指図される筋合いはない! 者ども! あの
サンデッガ王はサイの呼びかけをせせら笑い、大声で命令を下した。ヘクトゥースに侵され、絶対服従をすり込まれたサンデッガ王都軍の兵士は、まるで野獣の群れのように無秩序に突っ込んでくる。
奇声を上げて剣を振りかざす兵の目に、もはや理性の光はない。
「……仕方ない、か」
サイはしかめっ面でため息をつくと、片手を高く掲げ、目の前に迫る兵士の上に銀色に輝く光の針を降らせた。
「なっ!」
「いくら数を頼みにしたって意味はない。それより国のことを考えろよ!」
「何をしてる!! 詠唱の
よだれをたらし、舌なめずりする兵士の群れがさらに迫る。
「だからムダだって」
次々とその場に倒れる兵士の体で、目の前に小山が築かれる。
サイは心底うんざりした。
「何をしている!! もう一息だ!」
輿の上に立ち上がり、興奮した表情でつばを飛ばしながら絶叫する敵将の姿に、サイは覚悟を決めて精密照準の多重魔法陣を現出させる。
「悪く思うな」
眉間に照準を定め、サイが右手を振り下ろそうとした瞬間、サンデッガ王の動きがピタリと止まった。
「ん!?」
戦場が不意に静まり返った。
サイは立ち尽くす敵将の右耳に生えた矢羽に気づいて目を見開く。矢は王の頭蓋を貫き、反対の耳から矢じりを覗かせていた。
矢じりの先からついと一筋の血が滴り落ち、次の瞬間、王の体はまるで丸太のようにぱったりと倒れた。
「国を滅ぼす狂王は私が討ち取った!! もはや勝敗は決した! 皆、武器を捨てよ!!」
声につられて振り向くと、サイの左側後方、国境の川の方角から完全武装の新手の兵が続々と姿を現しつつあった。
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