第159話 女王の思い

 会見はそこで中断され、ペルボックは憔悴した表情で作戦室を出て行った。


「母さま、あれはさすがに強く言い過ぎでは?」


 同席し、ずっと無言で二人の話を聞いていたスリアンが素朴な感想を口にすると、女王は大きく首を横に振った。


「お前はあの場にいなかったからのんきなことが言えるのだ。味方兵の身体を貫いて我々を狙う弩弓兵の存在など、許されると思うか?」

「え? それはちょっと……」

「あの王はもはや正気をなくしていると私は思う。マヤピスはサンデッガ王家を維持して講和を、と提案してきたが……」

「ボクにも同じ事を言ってきました。宰相を実質的な国の長にして、王家は名だけ残す形でも構わないからと……」

「うむ。私には、将来にいらぬ遺恨を残すだけのように思われるが……」


 女王は考え込むように言葉を切ると、ふうと小さなため息をついて右手で髪をかき上げた。


「まあ、しかしそれはお前が決めることだ」

「へ?」

「うん。私は退位を決めた」

「なっ!」


 女王の突然の爆弾発言にスリアンの頬が引きつった。


「今後サンデッガとの関係がどうなろうと、私の失政が帳消しになるわけではないからな。その責任を取らねばならない」

「いや、でも、母さまはむしろ被害者——」

「スリアンよ、国と国との関係はどちらかが一方的に悪い、と簡単に割り切れるものでもないのだよ。サンデッガがあれほど増長したのは、彼らにつけいる隙を見せた私の責でもある」

「それは……」


 言葉をなくすスリアンを前にして、女王はふっと寂しげに笑って見せた。


「スリアン、面倒をかける。本当は第一王女に女王位を継がせ、ずっと苦労をかけてきたお前はそろそろ解放してやりたかったのだがな。ペンダスあたりに家を構え、サイが成人したら夫婦めおとになるのもよかろうと——」

「えっ! なっ! 何を言い出すんですかっ!!」


 瞬間、スリアンは沸騰したように真っ赤になった。


「うん? 何だ、お前はサイでは不満か? 性格は……まあ、多少弱っちい所はあるが、それでも間もなく侯爵になる身だ。身分的にも問題はないと思うが」

「え? 侯爵? いや、あの」

「まあ、ともかく、まずは彼を見つけ出さないとな。無事であるとよいのだが……」


 女王の心配顔に、スリアンもなんとか我を取り戻して真顔で頷いた。


「そのことですが、彼が生きているのは間違いないそうです。ナオ曰く、リンクが切れていないから……だとか」

「りんく?」

「高位の魔道士の生き死には、マヤピスで把握できるそうです」

「何だそれは? 訳がわからん。しかし、もしそれが事実なら、どこに居るかくらいついでにわかりそうなものだが……」

「ええ、どうやらそれも魔法を行使すればわかるそうです」

「は……よくわからんが、サイが魔法を使うまで待つしかないのか?」

「ええ。でも、ボクが一番怖いのは、サイが魔法を使えないような……大けがをして意識不明、とか、捕まって魔法結晶を奪われたりしてないかってことなんだけど……」

「うむ。捜索隊はやはりもっと増員して、捜索範囲も川下一帯に広げよう。一刻も早く見つけたい」 


 だが、必死の捜索にもかかわらず、翌日もサイの行方はようとして知れなかった。そして三日後の早朝、国境の砦に衝撃的な知らせがもたらされる。





「ご報告いたします! 川向こうの森で大規模に黒煙が上がっています。どうやら、何者かが森に油をまいて火を放ったものと思われます!」

「何だと!?」


 作戦室に走り込んできた斥候の報告を受け、砦の司令官は驚きのあまり持っていた黒豆茶のカップを取り落としそうになった。

 川向こう一帯に広がる森は乾燥のすすむこの大陸ではかなり貴重な存在だ。実のなる木が多く、それをエサに育つ小動物も大量に生息している。広がり続ける砂漠に追われ、森にしがみつくようにかろうじて生きながらえている町や村は、それらの森の幸を生活のいしずえにしている所がほとんどだ。

 乾燥果実や毛皮や干し肉など、それらの加工品を国境をまたいでこの砦まで売りに来る行商人も多く、彼らの来訪を楽しみにしている兵もいる。


「バカなことを! あの森を焼くということは、民に飢えて死ねと言うようなものだ。一帯何者が、何のために!?」

「理由はわかりかねますが、火を放ったのはサンデッガ王麾下の兵ではないかと思われ……」

「まったく余計なことをする。わかった。貴様はすぐに女王陛下とスリアン殿下にもご報告を!」

「はっ!」


 その知らせは、砦の一室で静養を続けていた女王にもすぐに伝えられた。


「目的はいぶり出しではないか?」


 報告を受けた女王は、黒豆茶をすすりながらそう推測した。


「いぶり出し? 何をですか?」


 一方、スリアンは理解ができないというように問い返す。


「恐らく、奴らもサイを探している。私がここに保護された情報はもう漏れていると思った方がいいだろうし、我々の兵の動きを見張ればこちらが捜索隊を動かしていることくらいすぐに知れる」

「そうでしょうか?」

「ああ、奴らからするとサイは仇敵、その上、手に入れて言うことを聞かせられればたったひとりで劣勢をひっくり返す究極の存在だ。そのくらいはやりかねない」

「でも、森を焼いたりすれば辺境の民の生活はどうなるんですか!!」

「だから言っただろう。サンデッガ王はもはや正気でないと」


 女王はすっくと立ち上がると、ちょうど部屋に入ってきたエンジュに声をかける。


「エンジュ、ペルボック宰相を呼んでおくれ。このまま放置すれば本当にサンデッガは滅んでしまう。人の住まぬ荒野に王だけを残す意味はなかろう。今後のことを急ぎ話し合いたい」

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