第156話 サイ、消耗戦を強いられる

 女王の下命とほぼ時を同じくして、眼下の平原からおびただしい数の矢が飛来した。しかも、その一部は矢羽根がオレンジに光る魔道矢だった。


「魔道弓兵までいるのか!」


 女王の馬車を森に隠すいとますらなかった。

 巡航ミサイルのように自在に軌跡を変え、正確に目標を狙ってくる魔道矢はやっかいな相手だ。しかも明るく目立つ魔道矢の飛跡を目印にして、普通の矢を射る弓兵たちも狙いを修正してくるからさらに面倒くさい。


「くそっ! 完全に先手を取られた!」


 サイは両手を広げ、頭上に青く輝く防御魔方陣を展開する。普通の矢はこれで弾けるが、魔道矢は魔方陣すら避けて来る。

 懐から鉄魚を取り出して魔道矢を弾きながら、さらに狙撃用の多重魔方陣を展開し、魔道矢の射ち手に照準を合わせる。

 その間にも、矢じりが空気を切り裂くヒュンヒュンという風切り音が耳元でひっきりなしに響き、額にはじっとりと脂汗が浮かぶ。


「よし、行け!」


 パンという衝撃音と共に、重ねた魔方陣で収束された電撃が魔道弓兵の頭を射貫いた。途端、魔道矢は光を失ってそのまま落下する。


「悪いな。当分眠ってて」


 サイは狙撃用の魔方陣を分解しながら独りごちる。

 過去、アルトカルに翻訳を依頼された古文書でその存在は知っていたが、実際に弓に特化した戦闘魔道士との対面は初めてだった。自分が魔道士団を追放された後、アルトカルもそれなりに工夫したらしい。

 とはいえ、超のつく希少な戦闘魔道士まで前線に出してくるところを見ると、向こうも決死の覚悟で向かってきているのだ。

 魔道弓兵を失い、敵の放つ豪雨のような矢の勢いがほんのわずかに衰えた。だが、今度は弩弓の放つ大型の金属矢が混じりはじめる。


 ガキンッ!!


「うわ!」


 目の前で鉄魚と金属矢がぶつかって激しい火花が散る。

 親指の先ほどの大きさしかない鉄魚では、速度と重量でまさる金属矢を完全に打ち落とすことができない。直撃こそないが、はじき切れなかった一部の金属矢が馬車をかすめ、キャビンのあちこちを削りはじめた。


「うーっ、一体どこだ!?」


 焦れば焦るほど、弩弓の射ち手が見つからない。と、背後でドスンという鈍い衝撃音とうめき声が立て続けに聞こえた。

 二、三歩下がりながら一瞬振り返ると、胸に金属矢が突き立った御者が御者台から転げ落ちる所だった。弾き損ねた金属矢が運悪く御者を直撃したのだ。


「ちっ! これ以上長引かせるわけには……」


 サイはきつく唇を噛み、サンデッカの王城にも落とした鉄球を宇宙空間から引き寄せる覚悟を決めた。

 超高空から音速越えの猛スピードで落下する鉄球は、真っ赤に熱せられられ、空気を焦がしながら轟音と共に平原に激突した。

 悲鳴と絶叫が交錯し、肉の焦げるイヤなにおいがあたりに充満する。それでもなお、兵士達は退こうとしない。


「なんでひるまないんだ? お願いだから早く逃げろよ!」


 一向に密度の下がらない矢の雨を魔方陣で弾きながら、サイは顔をゆがめてさらに鉄球を降らせた。

 無駄に兵を殺したいわけじゃない。これまでのように恐れて逃げてくれればそれでいいのだ。

 平原にいくつものクレーターが穿たれ、その底では、焼けた鉄と岩がぐつぐつ煮えたぎりながら赤黒く不気味に光を放っている。

 それでもなお、敵は退こうとしなかった。


「どうして!?」


 降り注ぐ矢をものともせず、完全武装の兵士達が突っ込んでくる。ギラギラと血走った目で、不自然に口を歪め、言葉になっていない何かを叫びながら殺到する敵兵に、サイはまぎれもない狂気を感じた。


「まさか、兵士達全員にヘクトゥースを!?」


 自軍から放たれる矢に当たって次々と倒れる兵を躊躇なく踏み越え、後から後から、まるで砂漠狼に追い立てられるスナネズミのように殺到する歩兵たち。


「ううっ」


 異様な圧力に気圧されて思わず後ずさる。

 だか、サイの背後には女王の馬車がある。たとえ盾になって立ちふさがったとしても、御者を失った馬車を逃がすことはもはやできない。

 これ以上、一歩も引くわけにはいかないのだ。


「仕方ない」


 サイは軌道上の残り少ない鉄球を一気に落下させた。

 立て続けに落下した鉄球は轟音をとどろかせながら平原にクレーターを横一列に穿ち、敵兵との間に溶けた岩をたたえた深い堀を作り出す。


「これならどうだ……?」


 だが、それでもなお、敵歩兵はクレーターに殺到し、そのまま身投げするように落ちていく。その姿は、まるで立ち止まることを死ぬことよりも恐れているように見えた。

 サイはその陰惨な情景を目に入れないように顔をそむけながら、弩弓の射手を探す。


「あ! もしかしてあれか?」


 もっとも堅く守られた陣幕の左右に、車輪の付いた木製の小さなやぐらがいくつも見えた。馬車をうんと小さくして上から斜めに押しつぶしたような形だ。サイは強弓を構えた屈強な戦士の姿を想像していたので、完全に見落としていた。

 こちらから見える面には目立たない砂色に塗られた盾、というより装甲板が張られていて、中央のわずかなすきまから猛スピードで金属矢が飛び出してきた。


「まるで戦車か迫撃砲じゃないか」

 

 やぐら全体が矢を防ぐ分厚い木材で作られ、射手の姿はまったく見えない。恐らく電撃は効くだろうと判断し、それぞれの弩弓に向けて照準型の多重魔方陣を構築する。慎重に狙いを定め、術を発動。


「行け!」


 まばゆい紫電に包まれた弩弓からひと筋の煙が立ち上り、すぐに消えた。遠くからの見た目にそれ以上の変化はない。


「やったか?」


 だが、次の瞬間、再び弩弓が放たれはじめる。


「ウソだろ!? 効いてない?」


 鉄魚で反射的に飛来する金属矢を弾きながら、サイは愕然とする。

 後は物理的にたたき壊すくらいしか思いつかないが、そのための鉄球は歩兵の進軍を断つためにすべて使いつくしてしまった。

 そのうちに、クレーターの底に折り重なる仲間の死体の上を渡りきった歩兵達が再びサイの目前に躍り出た。


(これ以上護りきれない。数が多すぎる)


 多重魔方陣を大量に展開し、電撃と鉄魚でなんとか攻撃をしのぎながら、サイはそう直感した。

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