第154話 マヤピスの秘儀
「これ、一体どこまで続いているんですか?」
暗闇の中、アルダーの持つランプだけが弱々しく足元を照らす。
長年の使用で中央部分がすり減った石造りのまっすぐな階段はすぐに終わりになり、途中からは足に不思議な弾力を返すらせん階段に変わっている。所々踊り場のような水平部をはさんで、もうどれほど下っただろうか。
「……もうすぐですよ」
「そのセリフ、もう三回目ですよ?」
「……足元が暗いのでお気をつけ下さい」
先に立つアルダーはサイのクレームを無視して雑に受け流すと、何度か目の踊り場でふと、立ち止まった。
「っと、ここです」
掲げるランプの光の輪の中に、左手側の壁に刻まれた四角い枠のような細い筋が照らし出される。
「何?」
不意に振り返ったアルダーは胸元に右手を添える。その手の中で一瞬淡いブルーの光が瞬き、それに応えるように、四角い筋が同じブルーに輝いた。続いて壁の一部が陥没し、そのまますうっと左にずれた。
「うわっ!」
たちまち溢れるまばゆい光。サイは思わず両手で顔を覆い、目を細めてこわごわと指の間から覗いてみる。するとそこには、壁も天井も床も真っ白な廊下が続いていた。
「この先で行われているのはマヤピスの秘儀とされるものです。繰り返しになりますが、発言も質問も一切お断りします。いいですね」
「あ、はい」
アルダーは改めてサイに念押しすると、先に立って緩くカーブした白い廊下を歩き始める。
この世界には不似合いな、ウォームグレーの清潔な床に真っ白い壁、天井全体が淡く発光しているような不思議なあかり。ツヤのある廊下の左右には低い位置に手すりのような幅広の帯がまっすぐ伸び、等間隔に取っ手のない扉が並ぶ。
(これは……)
約束通り口をつぐんだまま歩きつつ、サイは思う。
(まるで病院じゃないか?)
清潔だが無機質な風景と空間に満ちる独特の消毒薬の匂い。もしここに白衣を着たナースが早足で通りかかれば、理彩の世界で何度も訪れた、横須賀の病院と勘違いしてしまいそうだ。
そんな妄想をしているうちに、アルダーはある扉の前で立ち止まった。
「ここ?」
「はい」
だが、アルダーは扉を開こうとはせず、少しずれた何もない壁に向かって小声で二、三言つぶやいた。
「うわっ!」
突然壁が透明になり、部屋の中の様子が丸見えになった。
「シ、シリス!」
そこには、ベッドほどの透明な水槽に横たえられた全裸の少女の姿があった。
薄黄色い液体に沈められたその身体は、手首と、胸から下腹にかけての皮膚にピンク色の傷跡がくっきりと残っている。また、全身のあちこちに色とりどり、無数のチューブや電極が取り付けられている。
「傷口は縫合し、傷ついた内臓もほぼ修復が終わっています。足りない血液は人工血液で補いました。今は薬で眠らせていますが、もう少し修復が進んだ時点で目覚めさせる予定です」
シリスの横たわる水槽を取り囲むようにびっしりと並べられる箱状の機械。それぞれにはめ込まれた玻璃の表面には図形や文字がめまぐるしく浮かび、赤、青、黄色の光点がチカチカとまたたく。その様子は、どう見ても理彩の世界で見た
(これは……)
この世界に、時代を何世紀も飛び越えたような近代的遺物が存在することは、タースベレデ王家に伝わる様々な武器武具や、アーカイブとのやり取りで充分に予想がついていた。だが、さすがに目の前で一度にこれだけの物をまとめて見せられると、また違った意味の驚きを感じる。
「……一体、誰が?」
「治療が必要な人間を水槽に寝かせれば、あとはすべて自動的に……あ、いえ、ダメです! 何も言えません!」
「……アーカイブ」
「は?」
「アーカイブ。そうでしょう?」
「え?」
サイの言葉に、アルダーは目を丸くしてあからさまにうろたえた。
「ど、ど、どうしてそれを!?」
「いえ、アーカイブなら最近ちょくちょく絡んできますから」
「は? え?」
「おい、アーカイブ!」
混乱するアルダーを放置して、サイは何気なく天井を見上げて呼びかけた。
『よくおわかりですね。はい、私のしわざです』
「え? ええ〜!?」
どこからともなく豊かなアルトの声が響きわたり、アルダーはひたすら混乱している。
「な、なぜ
「アーカイブ、これは僕の想像だけど、君の本体はこのマヤピスにあるんじゃないか? 地下にでも埋まってるの?」
『さすがはこの私が見込んだ魔道士ですね。わずかな手がかりからよくそこまでお察しになりました。これも何かの縁です。早く私と融合して一つに——」
「ならないよ! 君も相変わらずだな。それより、シリスのことはくれぐれも頼むよ」
『承知しました。私の全力を尽くします』
「ああ〜」
アルダーが壁に手をついてがっくりと頭を垂れた。
「もう! 一体何なんですか! だから魔道士は嫌いなのです。ユウキと言いあなたといい、どうしてそうも簡単に……」
口を尖らせて嘆くその様子に先ほどまでの威厳はみじんもなかった。だが、年相応の女の子らしい仕草を見せるアルダーはむしろ親しみすら感じさせる。
「ユウキ?」
「ええ、アバン・ユウキ・タトゥーラ。オラスピアの黒の魔道士と言った方が通りがよいかと思いますが」
サイは納得した。
この世界で名の通った魔道士といえば、一番に〝雷の魔女〟ティトラ、そしてもう一人がオラスピアの若き女王を助け、常に影のように付き従う〝黒の大魔道士〟ユウキ・タトゥーラ。どちらも吟遊詩に歌われる有名人だ。
「もしかして、雷の魔女や黒の大魔道士もアーカイブとやりとりを?」
「ええ、大きな魔法を使うためには呪文だけじゃ細かいニュアンスが伝わりませんからね。まさかアーカイブがあなたにまでちょっかいをかけていたとは思いませんでしたが、なるほど納得です。せいぜい喜んで下さい。あなたはこの世界で十六人しか枠のない、最上級オペレーターのひとりということになるのですから」
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