第153話 筆頭司書、魔女の昔語りをする

「そんなことがあったんですね、驚きました。はぁ」


 アルダーは再び小さく嘆息すると、


婚約者いいなづけの……メープルさんですか。マヤピスを代表して、心からお悔やみを申し上げます」


 そう言って深く頭を下げた。


「あ、ありがとうございます。でも、彼女のことはもう割り切って——」

「……いるようには見えませんね。まだまだ心に傷を抱えたままのようにお見受けします」

「あ……ハハッ」


 サイはいつまでも引きずり続けている自分が情けなくなり、じっと自分を見つめているアルダーから顔をそむけ、乾いた笑い声をたてた。


「でも、お話しをお伺いしてサイ様の行動原理が理解できました。そういうことであれば、私達は共にヘクトゥースを憎むという意味で同士です。こちらの持っている情報は最大限公開いたします」

「ありがとうございます」


 アルダーの思惑はまだよくわからないが、とりあえず素直に頭を下げる。


「ところで、ご存じですか? あの有名な雷の魔女もヘクトゥースには酷い目に遭わされてきたんですよ」

「え!?」

「スリアン殿下から聞いてませんか?」


 アルダーは目を見開くサイのその目を覗き込みながら訊ねる。


「何をでしょうか?」

「〝雷の魔女〟ことトモコは魔道士の適性こそありましたが、もとはそれほど魔力の多い人間ではなかったそうです」

「はあ、それが」

「ですが、砂漠で部族間の争いに巻き込まれ、拉致監禁された上でヘクトゥースを投与され、強引に魔力を引き上げられて魔女になりました」

「あ!」


 サイはかつてスリアンが同じようなことを言っていたことを思い出す。


「魔女になったトモコは、すべての記憶を封印され、操られるままに対立する部族を襲い、自分の魔法でかつての恋人を殺しかけ……いえ、一度確かに殺しました。その後我に返った彼女がどれほどの衝撃をうけたか、想像に難くありません」

「……にしても、ずいぶん魔女の事情にお詳しいですね? これもマヤピスの遠耳が?」


 サイは素朴な疑問を口にする。雷の魔女は魔法使いルッコラと同様に吟遊詩人のネタにもなっており、あちこちで様々なエピソードが語られている。だが、さすがにここまでの生々しい話はなかったように思う。


「いえ、当事者が身内にいますから」

「は?」

「ええ、その恋人というのが、何を隠そう、ナオです」

「え!?」

「私共がヘクトゥースを憎み、魔女に肩入れする理由の一つがそれです」


 その言葉に、サイは思わずごくりとつばを飲み込んだ。


「でも、変ですね。スリアンに聞いたエピソードでは、魔女はもっと、なんというか芯の強い女性のイメージで……」

「ええ。マインドコントロールから解き放たれ、立ち直るまでにはそれなりに年月を要したと聞いてます。サイ様がおっしゃっているのはスリアン殿下と出会われ、タースベレデに滞在した数年間のことですね。まあ、その頃の詳しい話は私よりも、当事者のスリアン殿下におたずねになった方がお詳しいでしょう」

「まあ、そうですね。戻ったら聞いてみます」


 サイは頷き、ヘクトゥースの件については今後も情報交換を続けることを約束した。


「ところで陛下……」


 サイは女王に向き直るともう一つの気がかりを口に出す。


「シリスの件ですが」


 セラヤによると、ゼゲルハブでの双子通信以降、彼女とは意識の共有が一切取れていないという話だった。生きているか死んでいるかもまったく不明な状態が続いている。


「ああ」


 女王はその名を聞いた途端に唇を一文字に引いて眉をしかめた。


「……生きてはいる。そう聞いている」


 その口調はずいぶん歯切れが悪かった。


「私の盾となって敵の太刀を正面からまともに受けたのだ。私と同じようにマヤピスの治療を受けてはいるが、いまだに意識が戻らぬ」


 慌ててアルダーの顔を見やると、彼女も同様に深刻な顔つきで頷いた。


「はい。幸いにして首から上はほぼ無傷でしたが、真正面からはすに胴体を斬られたせいで、右手は手首で切断され、加えてほぼすべての内臓に深刻なダメージを受けています。出血も大変多く、今もって予断を許さない状況が続いています」

「あの、面会は可能ですか?」

「ご本人に意識はありませんが……」

「いえ、それでも構いません。シリスには仲のいい妹がいます。彼女に説明が必要ですから」


 アルダーはしばし考える素振りを見せたが、結局は頭を縦に振った。


「……わかりました。では、こちらへ」


 そう促され、部屋の隅にある書棚の前に立つ。


「ここから先は我々マヤピスの秘密に関わります。お目にかけられるのはほんの一部ですし、質問にも一切答えられません。それでもよろしいですね?」


 念を押され、サイは無言で頷く。


「では」


 その声と共に書棚がゆっくりと左にずれると、その後ろにぽっかりと切り抜かれた壁と、暗闇の中、下向きに伸びる石造りの階段が現れた。




 

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