第151話 マヤピスの思惑

「別に変なことは言っていないだろう? スリアンが貴殿のことを好いているのは見ていればすぐわかるし、貴殿はすでに国に対し十二分の貢献をしている。戦役が終われば侯爵への昇爵は確実だし、王族の配偶者として恥ずかしくない——」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい! 何でそんな話になるんですかーっ!?」


 サイは真っ赤な顔で女王の話を強引にさえぎった。


「僕らはまだちゃんと付き合ってもいませんって。なにより僕は異民族の——」

「なんだ、もうとっくにそういう関係だと思っていたが。我が娘ながらスリアンのヘタレぶりが情けないな。それに、王室うちは成り立ち上人種や民族を気にするという文化そのものがない。気にする必要はな——」

「だから、待って下さい! いろんな話が一足飛びすぎて、何が何やら……」


 うろたえるサイに、女王はフッと表情を緩めた。


「女王セイリナ、とりあえず再会のご挨拶はこのあたりで。私どもからもお二人にお話ししたいことがあります」


 それまで黙って二人のやりとりを見ていた筆頭司書アルダーが、そこで割って入った。


「ゴールドクエスト魔導伯もよろしいですか?」

「あ、はい。あの、良かったら僕も〝サイ〟と名前で呼んでいただけますか? 何だか堅苦しくて……」


 女王の追求を逃れてあからさまにホッとした表情のサイ。


「では、そうしましょう。サイ様」


 筆頭司書はにこりと笑うと、サイにもソファに腰を下ろすよう促した。

 その時、まるでタイミングを見計らったように、司書見習いらしき若い女性が音もなく館長室に入ってきた。

 彼女は三人の前に静かにカップを並べ、湯気の立つ黒豆茶を注いで一礼すると、静かに部屋を出て行った。


「さて、サイ様にはナオからすでに打診があったことと思いますが、私どもからタースベレデ王国に対してご提案があります」


 アルダーは黒豆茶のカップを一口すすって口を湿らせると、同じくカップを手に持つ二人の前に、さらりと提案を記した皮紙を差し出す。


「タースベレデはサンデッガと速やかに停戦し、相手領内へ侵入しているお互いの軍をただちに撤収させること。サンデッガはタースベレデに対して戦時賠償金を支払うこと。賠償金の額や、その他の講和条件は二者で決めていただいて結構ですが、サンデッガの王族の処罰についてはこれを求めないこと。以上の条件を受諾することを前提に、私共は両者間の講和交渉をお膳立ていたします。いかがでしょうか?」

「ふむ」


 女王はカップをソーサーに戻すと、代わりに皮紙を取り上げてアルダーの読み上げた条件を一つ一つ確認し、やがて指でピンと弾くようにテーブルに戻した。


「私はもう退位を決めた身だ。今後の国の舵取りはスリアンに委ねたいと思う」

「サイ様はいかがですか?」

「僕は……」


 問いかけられ、サイはゴクリとつばを飲む。


「これって、果たして僕が口を挟んでもいい話題でしょうか?」


 国の行く末を決める重要な判断に、自分の意見が求められることにサイは違和感を感じながら訊ねた。


「ああ、最終的には王女スリアンに委ねるからな。ここで結論を出す話でもない。あくまで参考意見として聞かせてもらいたい」

「……だったら、僕は反対です」

「ほう? なぜだ?」

「サンデッガの病巣を取り除けたとは思えないからです」


 サイは二人の目を交互に見つめながら答えた。


「タースベレデ侵攻を決めたのはアルトカル大魔道士ではないですよね? 彼の発言力がどの程度か知りませんけど、最終的に決断したのはサンデッガ王のはず。だとしたら、その王に何の責任も問わないのはさすがに道理が通りません」

「だとしたらどうする? 処刑するかね?」

「他に、あれだけの民の命を奪った罪を償う方法があるでしょうか? 陛下だって、ご自身の家族を奪われたはずです」

「しかし、それではサンデッガは為政者を失います」


 アルダーが切羽詰まった口調で口を挟む。


「いけませんか? サンデッガがタースベレデにやろうとしたことはまさにそれじゃないですか!!」


 話しているうちにだんだんエスカレートしていくが自分でも抑えようがない。

 

「為政者を失った国は荒れます。秩序は失われ、正義は鳴りをひそめ、略奪や強盗が横行します。女子供は誘拐され、奴隷として売られます。結果的に、罪もない民がより一層困窮することに――」

「元々、サンデッガがタースベレデに仕掛けようとしたことです。それが跳ね返るだけじゃありませんか?」

「ですが――」


 反射的に言い返そうとしたアルダーを女王が身振りで押し留める。


「サイ。仮に貴殿の言う通りサンデッガ王を処刑したとして、その後に民が困窮しないためには何をすべきだと思う?」

「ええ……例えば、代わりになる統治機構を作って――」

「では、それは誰がになう?」

「え?」


 サイは言葉に詰まった。


「サイ、貴殿の主張は今回の決着をはかる方法の一つであろうと思う。だが、その後のことにもう少し配慮が必要ではないか?」

「は、でも……」

「サンデッガ王に子供があれば代替わりを迫ることもできた。だが、彼はまだ独身で世継ぎもおらぬ。さりとて統治機構としてサンデッガ王家に代わる権威を打ち立てるには時間がかかる。領土を得るための侵略戦争なら勝った方が占領し、現体制を一掃して軍や官吏を送り込めばいいが、我々タースベレデにはその気もその余裕もない。それともサイ、貴殿がサンデッガを統治してみるかね」


 サイは言葉を失った。


「私はマヤピスの思惑は知らん。だが、タースベレデとしても隣国が無政府状態に陥るのは願い下げだ。かと言って領土を広げるつもりもない。であれば、あくまで牙を抜いた上で、ではあるが、現行の体制を維持してもらう方が色々面倒がない」

「だとしたら、サンデッガに奪われた罪のない人々の命は? 一体誰が彼らの無念を晴らすんですか?」

 

 サイの脳裏には、血まみれでこと切れたメープルの姿がありありとよみがえっていた。


「うむ。いずれにせよ決めるのは貴殿らだ。貴殿のその思い、スリアンとよく話しあうんだな」

 

 その言葉に、サイは唇を血がにじむほど噛みしめてうつむいた。


 

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