第150話 女王との再会
「ではゴールドクエスト魔導伯、どうぞこちらへ。館長室までお付き合い下さい」
少女はそれだけ言うと、くるりと背中を向けて歩き始めた。
閉館し、すでに人気のない暗いエントランスホールに、彼女の足音だけが響く。
サイはナオと顔を見合わせ、彼女を追うように館内に足を踏み入れた。
「この図書館には、この大陸にあるすべての書物が集められています」
閲覧室の扉をくぐると、筆頭司書は相変わらず背中を向けたまま立ち止まり、両手を広げて閲覧室の壁全面に作り付けられた書架を示した。
淡く水色に輝く天井は、広い閲覧室を四フロアぶち抜いたはるか上にある。さらに、円形の閲覧室の壁をぐるりと廻るように四層に廻らされた回廊では、白い制服を着た司書達が足音も立てず行き来し、その日利用された図書を決められた書架に返納する作業を黙々と続けている。
「当館の利用者は大陸全土から訪れ、長い人だともう十年近く、毎日のように閲覧に通われる方もいらっしゃいますよ」
妖精のように回廊を行き来する司書達を見上げるサイに、筆頭司書は少しだけ自慢げな口調で説明をつけ加える。
「一日に閲覧される図書は数万冊にのぼります。戻された図書をひとつひとつ改め、時には修復もしなくてはなりません。その上で外勤の職員が大陸中から日々収集してくる資料の受け入れもありますから、この図書館が眠ることは決してありません」
「へえ」
サイは素直に感嘆の声を上げた。
「ま、
と、後ろから付いて来たナオが茶化すように口を挟んだ。
「この図書館の本当の目的は——」
「ナオ!」
だが、筆頭司書アルダーはナオの言葉を鋭い口調でさえぎり、そのままナオの顔を睨みつける。一方、ナオはまったく堪えた様子も見せず、相変わらず感情の見通せない作り物のような笑顔で笑っているばかりだ。
「ここからは私が……ナオ、あなたはもう戻りなさい」
「はいはい。じゃあ、少年、また後で」
それだけ言い残すと、ナオはひらひら手を振りながら廊下の分かれ道を右に逸れて姿を消した。
残されたサイは、アルダーの後ろについて長い廊下をなおも進む。暗い廊下の突き当たりに細かい彫刻の施された木製の豪華な扉が見えてきた。アルダーはそのままの歩調で歩き続け、やがて扉は自動的に左右に開いた。
「あ!」
部屋の中にいた人物を目にした瞬間、サイは思わず声を上げる。
「サイプレス、無事だったか」
「へ、陛下も……よくご無事で……」
「……いや、〝無事〟でもなかったな」
走り寄るサイに向かって、女王は半分苦笑いのような表情でそう答えた。
「城に火をかけられ、隠し通路を抜けて城外へ逃れた所で待ち伏せにあったのだ。どうやら隠し通路の情報が敵に漏れていたみたいだな。
「それは……酷い目に……」
どう声をかければいいものやら、答えあぐねて言葉を濁すサイに、女王は小さく頷きながらぎこちなく笑顔を向ける。
「まあ、それはともかく、だ」
自分の身内が殺されたというのに、女王は内に秘めた悲しみをサイに見せることはなかった。
「ケガで動けない間、戦況は逐一報告を受けていたよ。魔導伯、よくぞタースベレデを守ってくれた」
「いえ、僕は……」
感情にまかせ、まるで子供のかんしゃくのように後先考えず暴れ回ったとはとても言い出せない。サイはうつむいて思わず顔を赤らめる。が、女王は続いてとんでもないことを言い始めた。
「今回のことで、私も自分の考えの甘さを思い知ったよ。自分達がいくら平和を望んでいても、周辺諸国が同じように考えるとは限らない」
「でも、それは——」
「結局、私は国が富み栄えることばかりを重要視して、肝心の守りをおろそかにしていたんだよ。単純な話、国が富めば富むほど、それを狙う不心得者も増えるのが道理だ。私はそれを甘く見ていた」
「いえ、陛下、今回の件は陛下のお考えの問題ではなく、ヘクトゥースと、それがもたらす偽りの力に安易に溺れたサンデッガが悪かったのだと僕は思います」
「それでも、だよ」
厳しい言葉とは裏腹に、女王の表情はまるで悟ったように平穏だった。
「どんなことがあろうと、王たるもの、民を危険にさらすようなことはあってはならない。私は……いや、今さらくどくどと言い訳はすまい。すべては私の責任だ」
女王はそこで言葉を切ると、サイの顔をじっと見据えた。
「私は、国に戻ったら即刻王位を退くつもりだよ。後のことは、貴殿とスリアンに任せようと思う」
「僕!?」
サイは悲鳴を上げた。
「え、どうして! 突然何を言い出すんですか殿下!!」
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