第145話 復讐
「何だ!? 何ごとだ!?」
アルトカルは秘書を置き去りにして執務室を飛び出し、廊下を駆け抜ける。さらにそのまま突き当たりの扉を蹴破る勢いで城の中庭に転がり出た。
だが、次の瞬間空を仰いで自分の判断を深く後悔する。周りをぐるりと建物に囲まれた中庭ではなく、一刻も早く城の外に出るべきだったのだ。
空には、真っ赤に赤熱した火の玉が十数個、猛烈な勢いでこちらに向かって落下してくるところだった。
「う……あ……」
一歩も動けずにいるうちに、アルトカルの周囲を取り囲むように火の玉が落下し、まるで意思を持って彼の逃げ道をふさぐように周囲の建物や園路を粉砕した。
レンガや石材の破片が恐ろしい勢いでアルトカルに降り注ぎ、着衣はズタズタに切り裂かれた。顔だけはとっさに両腕で覆ったものの、むき出しの二の腕には飛来した鋭い破片でびっしりと細かい傷が刻まれ、タラタラと血がにじみ出す。
同時に、舞い上がった大量の砂塵は日の光すら
やがて、一陣の風が吹いた。
風はすっかり風通しの良くなった王城を吹き抜け、いまだもうもうと中庭に満ちる砂埃をゆっくりと城外に吹き払っていく。
頬や二の腕の傷に乾いた風の当たるピリピリとした感覚に目を開き、顔を覆っていた両腕を恐る恐る下ろしたアルトカルは、砂煙が晴れた周りの様子を見て思わず息を飲んだ。
彼の立っている場所を中心に、半径一歩半分ほどの範囲の外、城の中庭ほぼ全域にわたって、前後左右すべての地表が自力で這い出ることのおよそ不可能な深さにまでごっそり抉れていたからだ。
「は、ははは! なんだ、火の玉すら
アルトカルは自分が無意識に魔法を発動したのだと思った。自分の周りとそれ以外で、それほど不自然な対比が生じていたからだ。
「愚かなる賊徒よ、残念だったな! 俺はこの通り生きながらえたぞ! どうだ!!」
アルトカルは天を睨んで高笑いする。周囲に穿たれた深い溝が、彼を周囲から切り離し、逃げ道が完全に塞がれたことについてはそれほど重く考えてはいなかった。
「アルトカル様!!」
溝の向こうから悲鳴めいた呼び声が響いた。
秘書の魔道士が悲愴な顔でアルトカルを呼んでいた。
「良かった。ご無事でしたか……」
見れば、アルトカルと同じく着ている服はズタボロだが、動けないほどのケガはないらしい。その後ろには部下の魔道士達の姿も見える。
「おい、誰か、渡し板代わりになる物を探してこい!」
アルトカルの指示に彼らはくるりときびすを返す。使えそうな道具をがれきの山から掘り出すため一斉に走り去り、つかの間、アルトカルの周囲から人影が消えた。
その時、アルトカルは上空からタースベレデの騎士服姿の少年がゆっくりと降りてくるのに気づいてギクリと動きを止めた。
「やあ、アルトカル」
少年は静かな口調でそう呼びかけ、何の支えもない空中にすいと静止した。
「き、貴様! サイプレスの偽物め!! 一体何が狙いだ!? しかも大魔道士たるこの俺を見下ろすとは不敬だぞ!! 降りてこい!!」
「……いきなり偽物呼ばわりは心外だな。僕はあなたが散々もてあそび、あげく見捨てたメープルの元婚約者だよ」
「何を言うか! 貴様など知らん!!」
「覚えていない? たった六年前のことだよ」
「知らんといったら知らん!! それにメープルは貴様が殺したのだろう!! 俺はただ、あの娘に楽に生きる方法を提案しただけだ!」
「僕に危害を加えることを匂わせて、逆らえない状況で薬漬けにするやり方のどこが楽に生きる方法なんだ? 脅迫じゃないか!!」
「知らん!! なんと言われようと選んだのはあの娘だ!! 俺に非などない!!」
アルトカルは目を剥き、激しくつばを飛ばしながら叫ぶ。さらに両手を掲げ、サイに向かって予告なく火炎魔法を放った。必殺の間合いと威力だった。
だが、サイが片手を軽く一振りすると、ハチの羽音のような鈍いうなりと共に炎はバラバラのかけらに分解し、そのまますっと消えた。
「……あ、お前……」
「せっかちな人だね。まだ聞きたいことがあるんだよ。僕を魔道士団から追い出したのはなぜ? それに、魔道士学校から追放したのは? 暗殺者を差し向けたのは?」
「それは俺じゃ……」
アルトカルは、反射的に答えかけ、そこで何かに気づいたように眉を上げてニヤリと笑った。その反応にいぶかしげな表情を浮かべるサイの顔を、アルトカルはあざ笑うように指さし、そして叫ぶ。
「油断したな。死ね!」
サイがその言葉にハッと目を見開いた瞬間、死角である後方から何十本もの矢が放たれた。
大型の
さらに加えて、駆けつけたアルトカル配下の魔道士たちがサイに向かって一斉に火炎魔法を放つ。
串刺しになったマントがたちまち燃え尽き、わずかに残った燃えさしがポトリと地面に落ちた。だが、そこにサイの死体はなかった。
「クソっ!! どこに消えた!?」
「まったく……やると思ったよ」
再び上空から音もなく降りてきたサイは深いため息をつく。
「話し合いは決裂だね。もう容赦しない。アルトカル、今度こそ年貢の納め時だ」
サイがさっと手を広げると、たちまち何十個もの火の玉が雲を貫いて降ってきた。
「何だ!」
うろたえる魔道士達に、サイは子供に言い聞かせるように言う。
「あなたたちが散々タースベレデの王都に打ち込んだ大砲の弾だよ。あれだけたくさんもらったからね。利子を付けて少しお返しするよ」
大気圏外からの落下による加速に加え、サイの操る電磁加速で音速の十数倍をはるかに超えた砲弾の群れ。長い尾のように黒煙をたなびかせ、赤熱し半ば溶けかけた鉄の塊は雷鳴のような轟きをともなって立て続けに降る。
それは、まるで黙示録に描かれた世界の終わりのような情景だった。
街路を覆う石畳はまるで
そして煙が晴れたとき、あたりは一面泥の荒野に変わり果てていた。
広大な敷地を誇るサンデッカの王城は、今や完全な更地だった。
その中で唯一残ったのは、サンデッガの王が住まうとされる白亜の塔のみ。
サイはゆっくり地上に降り立つと、地べたに倒れ伏したアルトカルのもとに歩み寄った。
「殺しを楽しむ趣味はないけど……」
サイは両手でアルトカルの胸ぐらをつかむと、その顔を強引に自分に向き直させた。
アルトカルは抵抗しなかった。いや、サイの爆撃で四肢を吹き飛ばされ、もはや抵抗する余力もなかったと言う方が正しい。ちぎれた手足からダラダラと血を流すその身体は、サイの細腕でも容易に持ち上がるほどに軽かった。
「お前だけは許すわけにはいかない。メープルの恨み、タースベレデの民の恨み、そして、自らの企みのため自国の民の命すらすら虫のように扱う身勝手さ。その命をもって
サイはアルトカルの身体を地面に放り出す。空いた右手で腰の後ろに吊った鞘からスラリと短剣を抜き、逆手に構えて大きく振り上げると、体ごと飛び込むようにアルトカルの心臓めがけて突き立てた。
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