第143話 告白

「サイ、サイってば!」


 高空をお姫様抱っこで運ばれながら、スリアンはサイの耳元で激しい風の音に負けないように大声をはり上げた。


「はい?」

「何で、いきなり空を飛んでんのさ!?」

「なんだか、やってみたらできたというか。ちょっと色々ありまして」


 アーカイブの能力を借りることで、サイ自身の行使できる魔法の精度と規模は大きく跳ね上がった。とはいえ、ことは簡単に説明しにくい。とりあえずあいまいにぼかす。


「気にいりませんか?」

「うん。この体勢がちょっと、色々。恥ずかしいし、何より怖いし、ちょっと下ろしてっ!」


 だが、サイは聞く耳を持たず、さらにスピードを上げて空を疾駆する。


「ちょ、サイ? 怖い怖い怖い!」

「勇敢なスリアンらしくもないですね。もう少しだけ我慢して下さい。国境のすぐ先に騎士団が迎えに来ています」

「勇敢とかそういう問題じゃない! 高いところは苦手なんだって!」

「魔女の塔からの景色は気に入ってませんでしたか?」

「足元に何もないのが嫌なんだよ!」


 普段ののほほんとした表情とは打って変わって、厳しさすら感じさせる硬い表情を見せるサイ。さすがにスリアンもそれ以上は文句が言えず、ただ目をぎゅっと閉じ、サイの首にしがみつくようにして猛烈な風に耐えた。

 それからしばらく。

 国境の関所そばの広場では、副団長を含む騎士団の団員がサイに抱きかかえられたまま降下してきたスリアンを取り囲むように出迎えた。


「おお、殿下!! よくぞご無事で!」

「いや、無事というか、まあ、あの……」


 まだ少し膝が震えているスリアンの手を取って、副団長が感激の涙を流す。その様子を見てホッとしたように小さく頷いたサイは、再び彼らに背を向けて国境の空を睨みつけた。


「サイ、どこに行くのさ?」


 スリアンは賑やかに自分を取り囲み肩をたたき合う輪から離れ、ひとり立ち尽くすサイに気づいて慌てて呼びかける。


「ちょっと野暮用を済ませてきます」

「待って! ボクも一緒に行く——」

「いいえ!」


 だが、サイは振り向きもせずスリアンの提案を拒絶した。


「あなたは騎士団と共に急いで王都に戻るべきです。みんながあなたの無事な帰還を待っています。今のタースベレデはあなただけが頼りなんですよ」

「でも、サイだけで——」

「この先は危険だし、何より僕はあなたに、感情に駆られたこんなみっともない姿を見られたくない」

「みっともない? どういうこと!?」


 スリアンは妙に他人行儀なサイの言葉遣いに驚いてさらに問いを重ねるが、サイはそれ以上は言葉を発することなく無音でふわりと浮かび上がる。


「サイ、待って! 何をするつもりだい!?」

「……僕は」


 慌てるスリアンを、サイは静かなまなざしで見つめながら独白する。


「僕はこれまでずっと、自分の気持ちを抑える癖が抜けませんでした」

「へ?」

「多分、生い立ちのせいかもしれません。孤児院ではわがままが通りませんから、どうしても自分の欲を抑えて我慢しちゃうんです。だから、僕は幼い頃から妙に聞き分けだけはいい、子供らしくない子供だった」

「ああ……」

「学校や騎士団を追い出されたときも、メープルの時もそうでした。自分が悪い、自分のせいだと思い込んで、どんな理不尽にも声も上げず、ただひたすら耐えてきました」

「ええ? サイが悪い事なんて何一つなくない?」


 訳がわからないといった表情で首をひねるスリアンを苦笑いめいた表情で見つめ、やがてすいと目を逸らして遠くを見つめるサイ。


「でも、もうこれ以上はイヤなんです。かけがえのない人を、これ以上理不尽に奪われるようなことは。もう二度と……」

「かけがえのない……人?」

「スリアン、あなたのことです」

「ええっ!! いつから!? でもあの、君、そんなこと、今まで一度も……」


 しどろもどろに答えながら、スリアンの頬や耳たぶが次第に朱に染まっていく。


「自分でも気づかなかったんです。でも、失って、いえ、失いそうになって初めてわかることってあるんですね」


 サイは少し寂しげに顔を伏せながら続ける。


「僕は、自分のふがいなさが原因で、これまで何度もなんどもそんな惨めな気持ちを味わってきました。でも、あなたが誘拐されたって知らされて、これまでないほど猛烈に腹がたちました。同時に、あなたに何かあったらどうしようって気持ちで頭が一杯になって、もう……」

「……サイ」

「もう二度と失敗は繰り返しません。逃げてばかりじゃ駄目なんだって今頃になってようやくわかりました。今度こそ決着を付けるべきなんです。だから」

「サイ……」

「王宮で待っていて下さい。必ず戻ります」


 柔らかな口調でそう諭すように言われ、スリアンはもうそれ以上反論することができなかった。


「……うん。待ってるよ」


 サイは、スリアンのつぶやくようなその返事に満足そうに頷くと、上空に低く垂れ込める雲の中に吸い込まれるように消えた。





「殿下、よろしかったのですか?」


 ひとり置き去りにされたスリアンを気づかって副団長が声をかける。


「いやあ、置いてかれちゃったねぇ」


 だが、スリアンは大きく頭を振ると、妙にサバサバした口調でそう答え、若い団員が引いてきた馬にすらりと跨がった。


「ならば、ボクはボクの役目を果たそう」


 サイの飛び去った西の空を見つめながら、うんと大きく頷く。


「多分サイはサンデッガの王都に何らかの打撃を加えるつもりだと思う。なら、ボクらはそれとタイミングを合わせて王都を包囲している敵軍に攻勢を仕掛けるべきだ。このチャンスに敵をタースベレデから一掃しよう。それが……」


 そこで言葉を切り、手綱を握る手に力を込める。


相棒サイを信じるってことだと思う」


 そのセリフに、騎士団員は揃って深く頭を垂れた。

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