第133話 副団長の決意
その夜、サンデッガ軍に新たな動きはなかった。
サイとスリアンは念のため交替で睡眠を取ることにした。だが二時間ごとの睡眠では大して疲れは取れず、結局二人揃って眠い目をこすりながら夜明けを迎えることになった。
「どう? サイはちゃんと休めた?」
セラヤの用意したベーコンサンド風朝食をパクつきながらスリアンが訊いてきた。
「身体の方はなんとか、って感じかな。でも、塔がずっと情報を送りつけてきたから、脳みそだけがずっと起きてたような、なんだか変な気分」
濃く煮出した黒豆茶をがぶ飲みしながら、サイは脳裏にたゆたう眠気を振り払うように頭を振る。
一方、スリアンは服の襟元を持ち上げて自分の匂いを嗅ぐと、わずかに顔をしかめた。
「あー、せめて水浴びがしたいな。よく考えてみたら、ゼゲルハブからこっち全然お風呂できてないよ」
「まる二日、いや、今日で三日目だっけ? 徹夜続きで日付の感覚がおかしくなってるね」
サイも自分の二の腕をクンクンと嗅いでため息をつく。
「今なら落ち着いてるから、下で着替えて来たら?」
「……うん、そうする」
スリアンはけだるそうに立ち上がると、らせん階段の降り口でふと振り返る。
「ねえ、お風呂、一緒に入るかい?」
「そういうのはいいからっ!!」
慌てるサイの表情を見て満足したのか、スリアンは表情を緩め、小さく笑い声をたてながら階下に降りていった。
「殿下も少しはお休みになられたようですな」
代わりに上がってきたのは騎士団副長だった。
「表情が少しだけ柔らかくなっておられる。ゼゲルハブからお戻りになって以来、ずっと張り詰めておられたから少々心配しておりました」
副長はそう言いながら額ににじむ汗をぬぐい、サイに向き直って表情を引き締める。
「物見からの報告によると、サンデッガ軍の中はかなり荒れているようだな。外務卿の主張した遠距離攻撃が文字通りなしのつぶてに終わったせいで、今度は大魔道士派が主導権を握りそうな勢いだそうだ」
「だとすると……やっぱり出てきますか?」
「ああ、昨晩までに北から結構な数の魔道士が合流してきたそうだ。早ければ一両日中にも、本格的な攻勢があろう」
困り顔の副長は、物言いたげにサイの顔を覗き込んできた。
「昨晩も言ったとおりだが、一般兵はもちろん、騎士団であっても狂魔道士には満足に対抗できん。特に今はヤバい。先日の戦いで深手を負い、一線に出られる団員が圧倒的に不足している」
「はい、そのことは理解しています」
「このままでは、前回の侵攻以上に一方的に蹂躙されるのが目に見えている。さて、貴殿に対抗手段はあろうか?」
そこまで一気に話すと、副長は肩を落として少しグチっぽく付け加えた。
「我らは本来、王家の最後の守りとして組織された」
「ええ」
「それなのに、だよ。もっとも若い貴殿がスリアン殿下を無傷でお守りしたのに、残ったわしら大の大人が揃いも揃ってってただ一人の王族も満足に護衛できなんだ。我ながらまったく情けない限りだ」
「でも、第一王女はご無事です。女王だってきっとどこかに避難されてるでしょう。まだ亡くなったと決まったわけではありません。団長以下、たくさんの同僚が王族を守って亡くなられたのに、そのようにおっしゃっては——」
「そう言ってくれるのはありがたいが、わしは今回の一件が落ち着いたら、いさぎよく退役しようと思っているよ」
サイは自分の耳が信じられなかった。
「え、でも、団長がいらっしゃらない今、副団長までお辞めになっては騎士団が続きません」
「いや、今回のことでわしはつくづく思い知った。騎士団なんて組織はもはや時代遅れ。狂魔道士の存在はさすがにどうかと思うが、他国の戦術にこうもやすやすと翻弄されるなど、まったくもって恥の極みだよ」
「しかし——」
「これからは貴殿のような若く才能のある人間が第一線で活躍すべきだ。わしらは君たち若者の盾になり、せめて君らが無駄に命を散らさぬよう守るばかりだ」
「いえ、あの……」
これ以上どう話せばいいかわからなかった。だから、せめて思い直して欲しくてことさら備えを強調する。
「迎撃の準備はできてます! 今度こそ敵を完膚なきまでに蹴散らします。ですから副団長、そういう寂しいお話はしないで下さい」
「ははは、期待しているぞ、サイプレス。では」
最後までサイの説得をはぐらかし、彼はそのままらせん階段を降りていった。
「サイ、どうしたの?」
気づくと、かなり長い時間呆然としていたらしい。
湯浴みをしてすっきりとした表情のスリアンがいつの間にかサイのそばに立っていた。石けんの爽やかな香りがサイの鼻をくすぐり、なんだかドキドキと落ち着かない気分になった。
「副団長が来てた」
「ん? 何て?」
「この戦いが終わったら退役するって」
「はぁ!? 副団長なんでそんなやっかいな
「あはは、こっちでもフラグって言うんだ」
サイは力なく笑うと、
「ちょっと、頭冷やしてくるよ」
そう、ぽつりと言い残してらせん階段を降りた。
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