第132話 砲撃

 突如、轟音とともに塔全体が大きく揺れた。

「な、なんだい!?」

「スリアン危険です。窓から離れて!!」


 彼女が外の様子を確認しようと無意識に窓に近寄るのを、腕をつかんで引き戻す。


「サイ! サイはいるか!?」


 と、間髪を入れず階下から騎士団副長の大声が響いた。


「上にいます! 何ごとですか?」

「サンデッガ軍がいよいよ動き出した! バカでかい大砲で人の頭ほどもある鉄の玉をガンガン撃ってやがる!!」


 サイはスリアンと顔を見合わせた。


「敵も折り合いをつけてきたね。まずは白兵戦を避けて遠距離攻撃で様子見って感じ?」


 サイがグチと共についたため息にスリアンのそれがユニゾンする。


「もうっ! 永遠に内輪もめしてればよかったのに!」

「塔の機能をゆっくり検証する余裕はもらえなかったね」

「でも……平気なのかい。何か危ないこととか……」

「大丈夫……大丈夫、多分。この塔の魔方陣はちゃんと作法に則ってる。随分古い書式だけど」


 サイはあえて楽観的な態度を装い、大きくかぶりを振って屋根裏部屋のど真ん中にがっちり作り付けられていた安楽椅子にすとんと腰を下ろす。

 セラヤがざっと拭き掃除をしてくれていたけど、いつからあるのかわからないクラシックデザインの椅子からは、かすかに古い革の匂いがした。


「術式展開!」


 手順を確認するために口に出し、塔の反応を確かめる。すぐに塔全体にびっしりと刻み込まれた魔方陣が目覚め、暗闇にうっすらと輝きを放ち始めた。


「おお!」


 外からは騎士団員達の驚きの声が響く。どうやら、塔の見た目にも何らかの変化があったらしい。

 口笛のような低いうなりがどこからともなく響きはじめ、サイが手元に作った操作用の魔方陣と塔の機構が次第に馴染んでいくのがわかる。


「やっぱり、ここに座って操作するのが正しい位置なんだろうな」


 四方の鎧戸が自動的に閉じると同時に、敵の大砲の放つ鉄球が塔の外壁をガンガンと穿つ音がフッと途絶えた。


「な、何だ?」

「鉄球を斥力で弾いてます」

「それにしても、奴らはいつの間に大砲なんて持ち込んだんだ?」


 サイは塔に命じて電磁力を操り、飛来する鉄球のコースを強引にねじ曲げ、塔のそばにあるため池にざぶざぶと落としていく。火薬で加熱された鉄球は池に沈みながら激しく水蒸気を上げ、池の水はまたたく間にお湯に変じた。


「多分、だけど、馬車に偽装して、上に野菜でも積み上げてたんじゃないかな? タースベレデは道がいいから、相当重たくても車輪がぬかるみにはまったりしないし」

「ちっ! これが終わったら国境の検問体制を見直さないとダメだな。他国の商人の出入りに無頓着すぎた」

「おおいサイ! 城壁の方もどうにかならんか!?」

「わかりました」


 サイは副長の大声に短く応じると、背もたれに身体を預けて目をつぶり、王都全体を上空から見たイメージを思い浮かべる。理彩の世界で見た衛星地図に似たイメージが即座に脳裏に広がり、リアルタイムの各軍の布陣までもが表示される。

 見れば城壁の大門もまた激しい攻撃にさらされていた。サイは塔と同じように大門を狙う鉄球の軌道を逸らし、真上に跳ね上げるとこれもまたため池に回収する。鉄球はついに池全体を埋め尽くし、激しくぶつかり合って火花を上げながらさらに積み上がっていく。

 と、不意に砲撃がやみ、突然の静けさがあたりを支配した。


「副団長! 大砲には効果がないと気づいたみたいです。恐らく次は魔道士部隊が乗り込んできますよ!」


 サイは床の穴から顔を覗かせている副長に警告する。


「え! 俺達に狂った魔道士の相手はできんぞ!! どうするつもりなんだ!?」

「大丈夫ですって。せっかくいい物たくさんもらっちゃったんですから、きちんとお返しをしないと」


 サイは魔方陣を操る右手に力を込めた。

 その途端、ため池に積み上がっていた大量の鉄球は次々と浮かび上がり、ついに一つ残らずすべての鉄球が目に見えない高さにまで舞い上がった。


「前に雷の魔女の話を聞いて、一度試してみたいと思っていたことがあるんです。今までは保有魔力的にも無理だったんだけど……」

「何をやるつもりなんだい?」

「もしもまた狂魔道士が攻めてきたら……今度こそ一撃で沈めます」


 サイは見ようによっては少し悲しそうにも見える複雑な微笑を浮かべ、それ以上詳しく説明しようとはしなかった。





 セラヤがきれいに掃除してくれたので、この際三階の居間と寝室は第一王女とスリアンに明け渡し、サイは四階に引っ越すことにした。

 寝台やクローゼットのような大型の家具は状況が落ち着いたら改めて手配する手はずとし、とりあえず部屋の隅にまとめて埃よけの布をかぶせられていた古い長椅子を引きずり出し、そこにだらりとへたり込んだ。飴色に磨かれた長椅子は流れるようなデザインで、クッションがまるでない総木造りにも関わらず、妙に身体にマッチする。


「やっぱり疲れる?」


 気がつけば、スリアンも向かいの長椅子に似たような姿勢で座り込み、サイの顔を覗き込んでいた。


「そうだね、塔に任せると自分の魔力はほとんど使わなくていいんだけど、何しろ頭に入ってくる情報量が多すぎて……今もずっと塔と繋がってるし」

「ずっと……それって、こっちから切れないの?」

「その気になれば切れる……けど、今はちょっと試したくないかな。上空からリアルタイムでサンデッガ軍を見張っているんで、動きを見逃したくないし」

「……はあ」


 スリアンはそれを聞いて黒豆茶をぐびりと飲み、はあとため息をつく。


「サイがどんどん人間離れしていく……」

「何を今さら」


 サイは苦笑いした。


「……魔道士なんて多かれ少なかれ人間を捨てているようなおかしな連中ばかりだよ。狂魔道士は言うまでもない。多分、半分くらいは自分から進んでそうなったに違いないよ。僕だって……」

「何?」

「君の魔法使いになることを決めた時に、普通の人生はあきらめたよ。狂魔道士が相手じゃ、まともな人間じゃとてもかなわないからね」

「それって……」

「そう、それが僕の覚悟」


 

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