第134話 魔法戦

「出てきたぞ!」


 伝令の報告を聞いた副長がらせん階段を駆け上がりながら叫んだ。


「一般兵に護衛された黒いローブの一団が森から出てまっすぐ大門に向かっている! こちらから射かけた矢はすべて弾かれて届かない!」

「間違いなく魔道士ですね、対応します!」


 サイは素早く答えると塔の五階に駆け上がる。革張りの安楽椅子に身を沈め、塔とのリンクを求めて目を閉じる。途端に脳裏に鮮やかに浮かび上がる上空からの視野では、大門に火炎攻撃を仕掛ける魔道士の姿がしっかりと確認できた。


「確認しました。排除します」


 宣言し、いつものように雷撃の魔方陣を生成しようとする。だが、何者かに発現を邪魔されているらしい。まるで手首を押さえ込まれているような感触で、うまく陣が発現しない。


「くそっ! 誰かが術式妨害を仕掛けてきてる!」


 あらかじめ予想しておくべきだった。

 王都の守りを担当する魔道士が実質サイ一人だけのタースベレデに比べ、サンデッガむこうは魔道士の数に余裕がある。理屈上、誰かが攻撃を仕掛ける間、並行して別の誰かがこちらのジャマをすることも簡単だ。しかも、こちらの術式を力わざで押さえ込んでいるのは相当の魔力持ちらしい。


「サイ……」


 思わぬ苦戦を強いられるサイ。その時、軽鎧をきっちりと着込み、剣を下げたスリアンが五階に姿を現した。


「ボクも迎撃に出るよ。騎士団も欠員してるし、五体満足な人間が少しでも働かないとね」

「は? え、ちょっと待って!」


 正体不明の敵の拘束からどうにか抜け出し、カウンターで雷撃術式を叩き込む。途端に意識下のプレッシャーがふっと途絶えた。


「え? スリアン」

「心配はいらないよ。それにボクだって、騎士団に守られ、君に守られ、何もできないお姫様じゃない。国の非常時に君だけを働かせるわけにはいかないよ」

「でも、危険です!」

「大丈夫。お互い頑張ろう」

「違っ、スリアン! ちょっと待って!」


 こういう時のスリアンが止めても聞かないことはわかっていた。だから、せめて自分も同行したかったのだ。


「サイ!! 都市城壁が数カ所で同時に攻撃されている!! 早く援護を!!」


 だが、状況がサイにこの場を離れることを許さない。


「あー、もう!!」


 王都内に再侵入されれば対応はさらに難しくなる。サイは腰を浮かしかけた椅子に再び沈み込み、両手を持ち上げると怒りをはらんだ声で宣言する。


「手っ取り早くやりますよ!!」


 だが、このタイミングで再び何者かがサイの思考にべっとりと粘っこくまとわりついてきた。今度はさっきの術者とは別人で、しかも十数人の集団で押しつぶすように覆い被さってくる。


「ったく、一体何だって言うんだよ! 早くスリアンを追わないと!」


 サイは腹立ち任せにまとわりついてきた思考を強引に引き剥がし、反転術式で術者に通じるチャンネルをこじ開けると、彼らの脳めがけて強力な電撃を叩き込む。持てる全力を一撃に込め、もはや一切の手加減をしなかった。

 数刻の後、水風船のような中身の詰まった何かが立て続けに破裂する重たい手応えと共に、うっとうしい干渉はふっと途絶えた。


「よし、副団長! 味方の兵に城壁から離れるように通達を!」

「サイ! 貴殿一体何をするつもりだ!?」

「説明するより見た方が早い! そろそろ来ます! 距離が近すぎると巻き込まれます!!」


 塔の五階、開け放した四方の鎧戸から見渡せる空の彼方で何かがチカリと白く光った。


「来た!」


 サイの声に応えるように、いくつもの白い光点がどんどん近づいてくる。


「何だあれ!?」

「昨日もらったサンデッガの大砲の弾ですよ。せっかくなんでお返しを。魔法で音の速さの何十倍にも加速して超高空から落下させています」


 光点はますます近づき、肉眼ではっきり見分けられるようになったあたりで、周囲には雷鳴のようなゴロゴロという音が響いた。

 雷鳴はたちまち耳を聾し、突然ズバンッと弾けるような音が響き渡ったかと思うと、そのうちの一つが大門の前に落下し大穴が穿たれる。

 そして、一瞬前までそこに立っていた魔道士の一団は、まるで蒸発したように姿を消した。





「魔道士部隊……消滅!!」


 遠眼鏡で前線を監視していたサンデッガの哨戒兵が悲鳴のような声を上げながら本陣のテントに飛び込んできた。


「消滅とは何ごとだ!? もう少し具体的に報告せんか!! 訳がわからんぞ!」


 将軍に怒鳴られ、哨戒兵は泣きそうな顔で繰り返す。


「本当です、空から何かが落ちて……激しい光と轟音とともに一瞬で全員が消えて、地面には大きな穴が……」

「何だと?」


 慌てて本陣を飛び出し、哨戒兵の持つ遠眼鏡を奪い取った将軍は、自分の目がにわかには信じられなかった。

 タースベレデ王都の門前に突如現れた火山の噴火口にも似た巨大なくぼみ。その一番底では溶けた岩石がオレンジ色に発光し、いまだ沸騰したようにブツブツと泡立ちながら大量の熱気と水蒸気を吹き上げている。

 それ以外の場所を攻めていた分隊も、状況は全く同じ。


「これが……タースベレデの魔道士の力だと……」





 同時刻、大魔道士アルトカルは、つい今しがたまで魔道士団選りすぐりの高位魔道士〝だった〟いくつもの肉塊を前に言葉を失っていた。


「何が起きた!?」


 今次の戦争にともない、専属秘書から副官に抜擢された女性魔道士は、いらだつアルトカルを前にひたすら身体を縮こまらせる。


「は、ご命令通り、魔道士サイプレスを魔法で押さえ込んだまでは良かったのですが、突如術式を反転されてしまい、このように……」

「全員の頭部が内側から破裂しているではないか? どうしてこうなった!? そもそもどんな術式なんだ?」

「わかりません。ただ、このありさまに他の魔道士達が恐れをなし、戦列から脱落しつつあります」

「だったら狂魔道士を使え。奴らは命令すれば逆らえん」

「しかし、狂魔道士に繊細な術式は無理——」

「構わん。ゼーゲルと同様、力押しで攻め落とせ」

「ですが、それではタースベレデ王都の民は……」

「皆殺しにすればいい」

「え?」

「皆殺しだ。生き残ってもどうせ奴隷に落ちる身、我々が気にすることはない」

「……仰せの通りに」


 副官の額に冷や汗が流れる。

 彼女はゼーゲルでの虐殺もその目で目撃し、狂魔道士による自国民の無差別な殺害にひどく心を痛めていた。

 だが、大魔道士の命令に逆らうことなどできるわけもない。

 

「アルトカル様は一体どうなさったのかしら?」


 大魔道士の前から退出し、彼女はひとりつぶやく。

 タースベレデの抗戦宣言にサイプレス・ゴールドクエスト魔導伯の名前を見て以来、アルトカルは傍目にもはっきりわかるほどに顔色を変え、普段の態度からも余裕が失われた。

 彼女は、サイがかつてアルトカルの部下だったことはうわさ話程度しか知らない。 だが、彼はアルトカルでさえ発現に苦労する多重魔方陣をやすやすと発現する、とても器用な魔道士候補生だったらしい。

 サイのあまりの才能に危機感を抱いたアルトカルは、サイの恋人を寝取ることで彼の心を叩き折り、それでも満足せず最終的には死に追いやったと聞いている。

 副官自身がアルトカルの命で直接南部に出向いてサイの墓の存在を確認したのだ。それは間違いない。


「それなのに、なぜ?」


 

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