第130話 反撃の狼煙

「賛成できない! というか、君ひとりに負担がかかりすぎる」


 スリアンは即座に反対した。


「でも、王都に残されたの食料だって限りがあるし、みすみすゼーゲルから生き残りの魔道士が集結する時間を敵に与えたくない。仕掛けるならなるべく早いほうがいいと思う」

「それはわかる。でも……」

「大丈夫。この状況をひっくり返して、ついでにアルトカルのプライドを粉々にするいい方法を思いついたんだ」


 サイは夕焼けが広がり始めた空を見上げながらニヤリと笑う。


「……天候改変術式」

「え?」

「アルトカルがかつて一度だけ成功させた大魔法だよ。恐ろしいほどの魔力が必要だし、術式が複雑すぎて普通の魔道士には再現できないんだ」

「それを? サイが?」

「大丈夫。やり方はそばで見てたし、魔方陣を組んだのはそもそも僕だから術式も全部覚えてる。あとは魔力量の問題なんだけど……」


 サイは六年前の実験を思い出す。

 あの時は、常人離れした魔力を持つアルトカルでも必要魔力量には全然届かず、サイに加えて何十人もの魔道士が補助に入ってようやく成功したほど。

 当然、同じ規模であの術式を再現することは不可能だろう。無理に術式を起動すれば、全魔力を一瞬で魔方陣に吸い取られて廃人になるか、良くても魔力を永久に失って魔道士でいられなくなる。


「だけど?」

「効果範囲を極力狭く絞り込めば恐らく……」

「恐らく?」

「……まぁ……うん……なんとか」


 今の時点では未確定の要素が多すぎて、それ以上言葉にすることがはばかられた。


「だーっ!! ダメに決まってる!」


 だが、スリアンはサイが言わずにごまかしたことをほぼ正確に見抜き、飛び跳ねるようにソファから立ち上がると、サイの腕にしがみついた。


「ボクはこれ以上大切な仲間を失いたくない! ダメだよ、絶対許可しない!」

「でも、他に有効な方法がないと思わない? 大丈夫だよ、多分死ぬところまではいかないと思う」

「縁起でもないことを言わないでくれよ!!」


 スリアンはサイの腕を抱き込む両腕にますます力を込める。


「スリアン、ここで決断しないと一生後悔すると思うよ」

「イヤだ!」


 心細さのせいか、すっかり幼児帰りしているスリアン。サイは小さくため息をつき、幼子を諭すように口調をやわらげた。


「スリアン。今ならまだ間に合う。王都に閉じ込められ、周りを武装した敵軍隊に囲まれ、心細い思いをしている何万もの民を救えるチャンスなんです」


 スリアンは答えない。


「スリアン、厳しいことを言うようだけど、女王が姿を消し、お父上が亡くなられ、姉上が目を覚まさない今、貴女はタースベレデの行く末を決める権限を持つただ一人の王族なんですよ。しっかりしなくてどうするんですか?」

「でも……サイは一緒にいるって言った」

「ええ。だからこそです。戦争に負ければ貴女も、そして僕もきっと自由ではいられなくなる。拘束され、下手すれば即刻処刑される。一緒にいることはできなくなります」

「だからといって君が……」

「大丈夫ですって。僕だってみすみす自殺する趣味はありません。精密な魔力運用には前より自信がありますし、スリアンに借りた格段に高規格の魔法結晶もあります。うまくやります。だから許可してくれませんか?」 


 半分以上はハッタリだった。だが、スリアンは腕に込めた力を緩め、サイの顔を上目遣いに覗き込んできた。


「本当だよね? 約束だよ。ボクがそばで見張るからね」

「本当です。スリアンがそばにいてくれるなら心強いです」


 うんと大きく頷いてみせると、スリアンはサイの腕を離して顔を伏せ、じっと考え込んだ。

 サイはその様子を見て騎士団副長に小さく目配せをする。彼はそれを見て小さく頷くと、足音を立てずに部屋を出ていった。


「ボクに何か手伝えることはある?」


 やがて、ゆっくりと顔を上げたスリアンは、もういつもの彼だった。




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