第129話 生存の条件
思わぬ油断から一度は狂魔道士の侵入と炎上を許してしまったタースベレデの王宮だが、現在、ほとんどの部屋は騎士団によって厳重に封印され、王都を囲む都市城壁の大門も閉鎖されている。
それでも、略奪目的の一般兵がどこからともなく侵入を試みては巡回の騎士団によって撃退される、という事態が繰り返されている。略奪に見せかけた威力偵察の可能性もあるが、恐らくは敵の規律が緩んでいて、不心得な兵を抑え切れていないというのが実情だろう。
だが、初日の奇襲以来、サンデッガ軍の主力部隊は王都郊外の森に陣地を張って大きな動きを見せていない。あれだけの戦力で一気に王宮を落とし、王位継承、代行権を持つ二人を殺害、昏睡に追い込んでおきながら、その後の詰めが甘々なのは正直理解ができなかった。
「敵は一体何を考えているんだ?」
抗戦宣言の後、魔女の塔のサイの部屋に落ち着いたスリアンは、腕組みをしたまましかめっ面で首をひねる。
「やっぱりそこが謎ですよね」
サイもまた、彼女の向かいで同じように納得がいかない表情を浮かべていた。
「王宮に突入を図ったのはは狂魔道士を主力とした小隊と一般兵からなる一中隊だけで、一般兵からなる後の大部分は陣地から動きもしなかった」
「暴れたのはガマガエル校長の一派だけですよね。まあ、あれだけでも壊滅的な被害をこうむりましたが……」
「そうなんだよ。あのまま後詰めの部隊が一気に突入し、王都を占領して王制廃止を宣言すれば、タースベレデはそこで滅亡していたはず」
「間一髪でしたね」
「と、いうか……うーん。奴らは何でそうしない? やってることがあまりにちぐはぐだ」
「うーん、何ででしょう」
二人して、腕組みをしてうなる。
それくらい敵の動きは定石から外れていたのだ。
結局、その答えがもたらされるまでにはさらに数人の捕虜の尋問が必要だった。
「え、揉めてる?」
「ええ、現在サンデッガ軍の主力を率いているのは外務卿らしいのですが……」
騎士団副長は捕虜から聞き取った供述書の束に目を落としながらそう報告する。
「ええ? 外務卿ですか? 軍部じゃなくて?」
サイはそれを聞いて首をひねる。
「外交の責任者がなぜ軍の指揮を?」
「ええ、数年前に内務卿が失脚して以来、サンデッガでは外務卿が内政外政の両面を取り仕切っているようですな。権限的にはもはや宰相と言えそうですが……」
「でも、だからといって、官僚が軍を指揮するなんて」
「サンデッガ軍は伝統的に内務卿の指揮下にあるようで。軍の指揮は当然将軍が行うが、今回の遠征は最高司令官である王の命令で外務卿が出張ってきているらしいですな」
「ふうん」
サイは窓に目を移し、何気なく空を見上げる。空には雲一つなく、サイの気持ちとは裏腹に、抜けるような青空が広がっていた。
「一方、狂魔道士部隊を指揮するのが魔法庁長官アルトカルですが、ゼーゲルでの攪乱工作の不調に加え、少人数の突撃部隊……殿下が撃退された連中……が実質失敗したことで外務卿と派手に対立しているようですな」
「失敗ぃ? あれで!? 父様を殺し、姉様をあの状態にまでしておいて!?」
スリアンが激昂して怒鳴り声を上げる。だが、副長はわずかに気の毒そうな表情はするものの、声の調子は変えずにそのまま報告を続けた。
「北部のゼーゲルで騒乱を起こしてサイ……ゴールドクエスト魔導伯を足留めし、その隙に王都を包囲し、王宮突撃部隊が殿下を含む王族を皆殺しするというのが当初の作戦だったようです。現状どちらも成功したとは言えません」
「でも!!」
「スリアン!」
サイは興奮するスリアンの手を取ってその目をじっと見つめる。一瞬鋭くサイを睨みつけたスリアンだったが、すぐに気まずそうな表情になってうなだれる。
「副団長さん、続けて」
「は、では」
副長はサイに促されてパラパラと紙束をめくり、最後の一枚に目を落とす。
「外務卿はこのまま王都を包囲して、兵糧攻めでこちらが降伏するのを待つ策、一方アルトカルはゼーゲルの生き残り魔道士をこちらに集めて早期に大規模な魔法戦に打って出る策を主張してお互い譲らないようですな」
「なるほどね。敵が一向に動かない理由はそれか」
サイはスリアンの手を離すと立ち上がる。そのまま窓際に歩み寄り、敵の布陣する西の方角を見やる。そこには、炊事のためとおぼしき幾筋もの煙が立ち上っていた。
「……スリアン、王都民の食べ物はどこから運ばれるの?」
「え、ああ」
ようやく我に返ったスリアンがサイの方に目を向ける。
「ゼゲルハブからは海産物や麦などの輸入穀物が、山手からは野菜類や畜産物が運ばれてくるね」
「王都内の備蓄は?」
「実を言うとそれほど多くない。商人達が倉庫に積み上げている在庫を全部吐きだしたとしても、いいとこ一週間が限界だと思う」
「だとすると、包囲されてもう二日目だから、あと五日もすれば民が飢え始めるわけか」
「
「あー、そもそもが籠城戦に向いてないわけだ」
サイは思いを巡らせる。
仮に敵が包囲戦を選択すれば、人的被害がこの先まったくゼロでもタースベレデは確実に負ける。サンデッガとしては待っているだけで勝ちが転げ込んでくるわけで、その作戦を選ばない理由がない。
タイムリミットはあと五日。だとすれば……。
「魔法戦を仕掛けましょう」
サイは振り返るとそう提案する。
「でも、今ウチに高位の戦闘魔道士はいないんだ。そんなことをすればサイに負担が——」
「いいえ、大魔道士アルトカルのプライドを徹底的に叩き潰して、こっちのペースに持ち込まない以上、タースベレデの未来はありません」
サイはきっぱりと言い切った。
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