第128話 宣言

「騎士団のみんな、そして兵士諸君。ボク、スリアン・パドゥク・タースベレデは、もう一度我らが祖国タースベレデを取り返したいと思う!」


 厩に入りきれず、外にまであふれる人垣を前に、スリアンは簡潔に決意表明をした。


「確かに、王宮は焼け落ちた。女王もいまだ行方不明だ。でも、ここ、魔女の塔には時期女王たるボクの姉、リーシア・パドゥク・タースベレデがいる。国軍の最高指揮官たるボクもいる。そして何より、いまだ戦意を失っていない君達がいる!」


 スリアンはそこで言葉を切り、一同をゆっくりと見渡した。

 そこに立つ誰もがどこかしら傷つき、中には立っていることすらがやっとの者もいる。だが、その目は一様にギラギラと輝き、スリアンの姿に希望を見出していた。


「ここに集う君達こそがタースベレデだ。君達があきらめない限りタースベレでは健在だ。ボクはそんな君達と共に、緑なす我々の国土から悪しき侵略者を一人残らず追放したい。平和で、そして自由なタースベレデを取り返したい。どうだろう? ボクに力を貸してはくれないだろうか!?」


 途端に場は沈黙した。

 兵士達はお互い困惑したように顔を見合わせ、やがて最前列の兵士が、予想外の反応を見て泣きそうな顔になっているスリアンに話しかける。


「殿下、それって今さらってやつですよ。俺らは最初っからその気でここにやって来たんすから、殿下はただ一言、国のために死ねって俺らに号令してくれればいいんすよ」

「ばっ……そんなわけにいくかっ!」


 慌てて助けを求めるようにこっちを見やるスリアンを横目で眺めながら、サイは不謹慎な感動に包まれていた。

 いつもならこっちが一方的におちょくられるばかりで、うろたえているスリアンを見るのは初めてだったからだ。とはいえ、このまま助け舟を出さないのもかわいそうだ。


「殿下は君達の命を何より大切に考えていらっしゃるんだよ。戦争がいずれ終わって平和になったとして、そこに君達がいなくちゃそもそも戦った意味がない。だから、命を無駄にするな、最後まで生き延びろってお考えなんだ」

「そうなんすね。わかりました。いくらでもしぶとく生き延びるっす」

「戦なんて最後に立っていた者の勝ちだからな。殿下のお気持ち、しっかりいただきやした。おう、お前ら!!」


 兵士長らしき髭面が背後の若者たちを煽る。


「いいかみんな、殿下は死ぬなと仰せだ。生きて生きて生きて、最後の最後まで戦えと。やってやろうじゃねぇか! ここにいる全員、王宮にもう一度タースベレデの旗を掲げるまで、一人も死ぬんじゃねえぞ。どこまでもしぶとく戦え! 無駄死にするな! いいか!?」


 その声に応えて、場の全員がおうと勇ましいときの声を上げた。


「詳しい割り振りは各兵長が指示します。市街から敵兵を追い払い、これ以上一歩も踏み込ませない。そのために皆さんの奮闘に期待します」


 サイはそう締めくくると、上手く皆を煽ってくれた髭面の兵士長に小さく頭を下げ、スリアンを伴って木箱を降りた。


「らしくないですね、スリアンならもっとみんなを上手く煽るかと思ってました」

「うん……」


 スリアンはしょんぼりと頷いた。


「自分でも驚いたよ。親しい身内がどんどん死んだり傷ついていくのを見て、そういうのが急に怖くなった。王族の一員として、それなりの覚悟はとうにできていると思ってたのに、自分の命令一つで何百、何千の命が奪われるという現実を、ボクはどこか甘く見てたみたいだ」

「でも、スリアンが先頭に立って戦うのを見て、助けたいと思わない人はいないと思いますよ。現に僕がそうなんですから」

「え?」

「言いましたよね? 僕はスリアンの魔法使いなんでしょう?」


 スリアンはその言葉にさっと頬を赤くして顔を伏せる。


「……あ、でも」

「スリアンのためならいくらでも力をふるいます。本気ですよ」


 サイは空を見上げながら続ける。


「僕はこれまで、自分が巻き込まれた理不尽を、できるだけ自分とは切り離して考えてました。いくら辛くても悲しくても、ひどい目にあったのはもう一人、別の自分なんだと無理に思い込むことで、自分の感情にフタをして、心が傷つくのをずっと避けてきました」

「……だから、君はいつもどこかめてたのか」

「醒めていたというより、逃げてたんだと思います。でも、今回貴女が巻き込まれたこの状況を考えて、本気で怒りが湧いて来たんです。不思議ですよね」

「それだけ君がボクのことを自分事として考えてくれたってこと? だったら……」

「ですから、スリアンも遠慮しないで下さい。いくらでも僕を巻き込んでください。僕はスリアンを利用して自分の心のリハビリをします。人間らしい気持ちを取り戻して、辛いことは辛い、嬉しいことは嬉しいと今度こそ言えるように」

「え? でもそれって……」

「僕は、これからもあなたと一緒に本気で笑ったり泣いたりしたいってことですよ」


 サイはそこまで言うと、スリアンから顔を背けてそっぽを向いた。


 


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